生物物理
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談話室
キャリアデザイン談話室(26) 世の中,相談したもん勝ち
前田 有紀
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2024 年 64 巻 6 号 p. 325-326

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1.  はじめに

学生時代から,なんとなく理科が好きで,生物学が面白くて,なんとなく理系に進み,そのまま面白いから,という理由でなんとなく進学も就職もして,今に至る.私のキャリアは他の先生方のように素晴らしく,光り輝くキャリアではない.しかし,皆さんと同じように,学生時代を経て,思い悩み,いろいろ検討して選んだ結果,少し変なキャリアを歩んでいる.もちろん,私自身もまだキャリアに悩み,試行錯誤中だ.

このエッセイは,私が今のキャリアを歩み始めるまでの過程,何故その時,その選択をしたのかについて綴っていく.これらの経験,考え方が,未来に思い悩む研究者の選択肢の一つとして役に立てば幸いである.

2.  学部生時代

恥ずかしながら,高校生の頃は“自分は必ずイケてる何者かになれる”という根拠のない自信があった.しかし,大学生に進学して,周りに自分が思いもつかないアイデアを思いつく人や,自分の100倍知識のある人,自分の100倍努力してきたんだろうなと思う人がたくさんいて,一体私は人より何ができるんだろうと深く悩んだ時期もあった.もともと私は生態学に興味があって大阪市立大学(現 大阪公立大学)の門を叩いたのだが,すっかり根拠のない自信をなくし,今後の人生どうしようかなと途方に暮れていた.そうやって悩んでいたところに山口良弘先生が大阪市立大に赴任され,分子微生物学のラボを開設された.当時先生は微生物のtoxin-antitoxin system1)の研究を中心にされており,微生物も生存戦略かもしれないシステムを持っているなんて!と,少し生態学っぽい研究内容に惹かれた私は,生態学と分子微生物学のコラボは面白いのでは?と考え,研究室の門を叩いた.(生物物理の学会誌で生物物理の話が出てこず,本当に申し訳ない.)ただ,私はまじめな方ではなく,生態学の研究室に入るもんだと信じて疑わなかったため,生態学の勉強に集中しすぎた.そのため1から分子生物学を勉強しなおす必要があり,大変苦労した話はとても長くなるので,また今度にする.研究室に配属された後も,残念ながら特に人よりも研究に秀でていることもなく,ただ面白いなぁと好奇心だけでワクワクする方へ流れていくだけの学部生時代であった.

3.  大学院時代

大学院への進学は,何も考えずに決めた.脳みそが停止していたんだと思う.その後,M2になり進学か就職かを決めるタイミングになってしまった.企業からの内定がないと悩むことすらできない,と思い就職活動を始め,同期の支えもあって,今いる小林製薬株式会社に内定をいただくことができた.しかし,結局進学か,就職か決め切ることはできなかった.研究はとても好きだが,当時の私は,アカデミックで生きていくと決断する勇気もなく,かといって社会に出て,好きな研究を辞めて,歯車になるというのも自信がなかった.そんな時,旧友とラーメン屋さんでラーメンからあげ定食を食べていた.旧友が,ラーメンもからあげも楽しめるなんて,1度で2度おいしいね.とボソッと言った時に,あ,そうか,どっちもすればいいのか!とひらめいた.ひらめいた後はすごく簡単で,博士課程の願書を書き,会社の人事担当者へ内定受諾と進学の相談し,指導教員の山口先生にどうか見捨てずに研究させてください.とお願いするだけだった.幸運なことに,会社からも指導教員からも快くOKをいただくことができ,二足の草鞋生活を始めることができた.

4.  就職してから

就職してからは,土日はラボへ行く,趣味のような博士課程が始まった.もちろん研究の歩みはとてつもなく遅くなるが,それまで取りためていたデータのおかげで何とか少しずつ進捗させることができた.会社ではトイレの洗浄剤を研究開発するチームに配属になり,やってみたらやってみたで研究開発も面白いんだな,なんて思っていた.在職中には大学の研究で学会発表を行う機会もあったが,平日にもかかわらず,上司は嫌な顔一つせず送り出してくれた.その学会では発表賞をいただくこともでき,指導教員より先に,上司に自分の研究の賞状を見せるという不思議な状態で,これらを約2年続けた(図1).

図1

第16回21世紀大腸菌研究会での写真.左が当時運営委員長だった京大の秋山芳展先生,右が著者

しかし,博士課程というものはそう甘くはなかった.D2の時にこのままではデータもまとめ切れないし,論文にもまとめられない,圧倒的に時間が足りない,という大きな壁にぶつかった.今回ばかりは会社を辞めて,研究業に専念するか,博士を諦めるしかないと腹をくくった.そんな時,たまたま当時の上司にその旨を相談するとすぐ人事を紹介していただき,胸の内を相談することができた.すると2か月後,突然,人事部から新しいサバティカル休暇制度(個人事情による最大1年間の休職を認める制度)を作ったから,存分に大学へ戻ってくれ,と連絡を受けた.休職という選択肢は自身ではまったく思いつかず,まさに目から鱗であった.会社の人々がこんな感じで暖かいところが私が今の会社を気に入っているところの一つだ.そんなこんなで休職をすることができ,地べたを這い,泥をすするような1年間と指導教員の手厚いフォローのおかげで何とか博士号を取ることができた.その後は小林製薬に戻り,製品開発をしながら,少しずつ水回りにおける微生物関連の研究も進め,様々な大学の先生と共同研究を始めたりもしていた.しかし,会社の人事は突然に…ということで2023年の10月に異動があり,現在はアメリカに駐在をしながら日用品全般の製品開発を行っている.

5.  そして今

結局,私はアメリカで日用品を作るおばさんになってしまった訳だが,これまでの選択を後悔はしていない.反省は数えきれないくらいした.確かに二足の草鞋はしんどかったし,語り切れないドラマがたくさんあった.ただ,いろいろな人に助けてもらいながらどうにか完走することができた.正直な話,なんでも言ってみて,相談してみるもんだなと思った.研究も一緒で,学会に出して,いろいろな人と意見交換をすることでさらに考察が深まるし,凡人の私はいろいろな先生方にご助言いただき進むことが多かった.それは仕事でも同じで,よほどの天才でない限り一人で大きなことを成すことはできない.学生時代,私はよく,夜な夜なご近所のラボに出没しており,その研究室の一つが生物物理の研究室で,いまこれを書く機会を頂戴するご縁につながっている.もちろんその研究室の方々にもいろいろな面で助けてもらっていた.本当にたくさんの方々に感謝してもしきれない.

6.  結局伝えたいこと

もし今,これを読んでいるあなたがキャリアプランに悩んでいるのなら,まずは声を上げて,適当な誰かに相談してみてほしい.声を上げないと何も起きないが,声を上げると何か起きるかもしれない.相談した後,その人の助言を聞き入れるか入れないかはさておき,誰かに話を聞いてもらって新しい視点を取り入れることは絶対にマイナスにはならない.そして,自分にとって良いなと思える選択肢が見つかったら,それを諦めずチャレンジしてみてほしい.一見無謀に見える選択肢も実は実行可能だったりする.あなたのキャリアの可能性は無限大だから.

文献
Biographies

前田有紀(まえだ ゆき)

小林製薬株式会社

 
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