生物物理
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談話室
リレーエッセイ:シン・私が影響を受けた論文(6) ヒト,そして論文との出会い,これが未開拓の研究課題を生み出す
吉川 研一
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2025 年 65 巻 2 号 p. 81-83

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1.  非線形科学との出会い

私は,京大工学部石油化学科で学部・大学院を過ごし,1976年に京大工学博士の学位を取得.その頃には10回ほど公募人事に応募していたが,ことごとく不採用となっていた.1976年9月になって,公募に出していた徳島大教養部から講師(常勤)として採用するとの通知が来て,10月に徳島大教養部に講師(常勤)として赴任した.着任してみると,教養部では卒業研究などで配属される学生などはなく,専ら,基礎教育として講義や実験実習などを行う部局であり,研究については,隙間の時間を使って行うことは許されるといったような雰囲気であった.ただ,所属している化学研究室の教授はとても心の広い方で,私に向かって「好きなように研究をしてくれて良いですよ」と言ってくれ,20代後期でありながら,独立した研究者として位置付けてくれた.そこで,隣の建物の教育学部の化学の教授に挨拶に行き,教育学部の学生の卒業研究に協力させていただくことをお願いしたところ,小学校課程の学生が私の研究室に出入りできるように手配をしてくれた.私自身,大学院時代には,超伝導NMRや光電子分光など当時では最先端の実験装置を使い,得られた結果を,京大の大型計算機センターでの量子化学の理論計算と対比して議論をするといったスタイルの研究を行っていた.赴任先の徳島大教養部では,使える研究装置としては,pHメータや恒温槽程度のものであり,このような環境の下で,教育学部の卒業研究の課題を考えることとなった.

文献を漁ってみると,振動する化学反応であるBelousov-Zhabotinsky(BZ)反応がビーカーひとつで実験ができて,かつ,現象が面白そうであることに気がついた.pHメータで酸化還元電位を計ったり,ビデオ撮影をして画像解析をするといったようなことで,新しい研究ができそうに思われたので,研究課題としてとりあげることにした.なお,BZ反応はBelousovが解糖系のモデルとして金属触媒で酸化反応を観察していてたまたま見つけた反応であるが,この発見は,その当時注目されることはなかった(発表は1951年の研究所紀要.学術論文としてはrejectされており,出版は無し).モスクワ大学の生化学教室の学生であったZhabotinskyは,指導教授からこの振動する化学反応に関する研究を勧められ,再現性良く,明瞭な時空間パターンが得られる実験条件を確立し,1964年にロシアの生物物理学術誌(Biofizica)に最初の論文を出版している.なお,当時のモスクワ大学の生化学研究室では,酵素を取り扱うような研究テーマは,実験装置の不備もあって難しいので,有機物の酸化反応のリズムに関する研究を行うことになったとのことである(Zhabotinsky本人からの話;図1は日本で開催した国際セミナー).BZ反応や,反応拡散系での時空間パターンに関しては,数多くの論文が出版されていたが,興味をひかれたものとしては,リズムを示す化学反応系で,同心円パターンが生成し,周囲に広がるといった実験結果を報告した論文1)と,光感受性のBZ反応溶液に,映像を投射すると,自発的に輪郭が浮き出たり,ネガ像が生成することを実験的に示した(自律的な画像処理機能)論文2)がある.

図1

Zhabotinskyを招聘したセミナー(司会:吉川).

[BZ反応の面白さに啓発されて私共が行った研究例]

i)BZ反応のリズムと進行波,各々の温度依存性を計測.活性化エネルギーは,進行波がリズムよりも大きく,この差は,拡散の活性化エネルギーの1/2に相当することを理論的に明らかにした3)

ii)BZ反応のような振動媒体が,パルス間の衝突の時間差に基づき,clock無しで自律的な演算を行えることを,実験,理論両面から示した4)

iii)体節形成では,細胞のリズムが多細胞系での生化学反応の進行波となり,これが安定な空間周期を生み出すことによって起こっていることを示した(影山らとの共同研究)5)

iv)心臓細胞組織と基盤との弾性の差異が小さくなると,正常な伸縮の伝搬が起こる(実験と理論)6)

v)3種の水溶性高分子溶液をガラス細管に吸い込ませミクロ相分離を起こさせると,大きさの揃った細胞サイズの液滴が生成し,それらが周期的に配列し安定化したパターンが自発的に生じる(空間の規則パターンの自己組織化).図2では,PEG(Polyethyleneglycol),DEX(dextran),Gelatinの3種の水溶性高分子の入った溶液を攪拌し,ガラス細管に取り入れている7)

図2

ガラス細管内での高分子マイクロ液滴の自律的整列.A)実験の模式図.B)高分子混合溶液を攪拌してただちに細管に導入すると,液滴が生成し,自発的に配列する.文献7より転載.

このように,生命体の時空間自己組織化は,非平衡開放系といった現代物理学でも未発達の学問領域に取り組むのに,格好の課題を示してくれている.

2.  高分子物理学との出会い

自らの意思で自由に研究を行うことのできる環境を提供してくれた徳島大学教養部.そこで10年余り過ごすなかで,卒研の学生や大学院生を正式に受け入れることができるような研究場所ができればとの気持ちが膨らみ,折にふれて公募人事に応募してみたが,ネガティブな返事のみであった.名古屋大学教養部化学教室の公募があり,そこでは採用可となり,1988年に助教授として赴任した.名大教養部は,理学研究科に講座があり,理学部の大学院生(修士及び博士)を受け入れることができる仕組みになっていた.大学院生の研究課題を何に設定するか,色々考えているときに,土井正男氏が東京都立大学から名古屋大学工学部教授として赴任してきた(土井さんは,その後東大工学部物理工学教授,そして現在は北京航空航天大学教授).土井さんは,この当時すでに,高分子溶液の粘弾性の理論的研究(Doi-Edwardsモデル)で,高分子物理学分野で世界的に高名であった.学内で,土井さんと親しく話をする機会があり,土井さんが関係しているヒトゲノムプロジェクトで長鎖DNAの物性を調べることが重要な研究課題になっているので,私にも研究に参加しないかといったお誘いがあった.そこで,私の研究室で,蛍光顕微鏡によるDNAの一分子観察を行うことになり,土井研の院生にも協力してもらって,研究を開始した.私は,高分子物理学の基礎知識はゼロに近い上に,蛍光顕微鏡を使ったDNA観察もこれまで何も知らなかった実験であった.溶液中でブラウン運動をするDNA分子の観測手法は,宝谷さん(当時京大助教授,その後名古屋大理教授,1996生物物理学会会長)に,親切丁寧に教えていただいたおかげで,実験を順調に始めることができた.土井研との共同研究の主たる課題は,従来の定電場の電気泳動では数kbp(キロ塩基対)以上のDNAの分離には使えないので,電場を時間的に変化させて,Mbp程度のサイズのDNAも分離する手法を見出すことであった(今では,パルスフィールド電気泳動法として知られている).この方向の実験をすすめるなかでDNAの高次構造に関する文献を探索してみた.すると,“DNA condensation”のキーワードで,DNAの高次構造変化に関する論文がかなり出版されてきていることが判った.

高分子物理学に基づいた理論的な仕事のなかでも重要と思われた文献8)では,高分子鎖の折り畳み転移(coil-globule transition)は,flexible chainでは連続的であるが,semiflexible chain(持続長が分子鎖の太さよりかなり大きな高分子)では不連続(一次相転移)になることを理論的に予想している.一方で,1990年代の頃までの光散乱による実験論文では,DNA condensationは連続的であるとされてきていた9)

[高分子物理学に触発されて,私共が行った研究例]

vi)蛍光顕微鏡による観察により,百kbp(キロ塩基対)程度のサイズのDNAでは,折り畳み転移が一分子レベルではon/offタイプの不連続転移となるが,分子鎖の集団平均では連続転移となることを明らかにした10)

vii)低分子ポリアミンによりDNA分子に折り畳み転移を起こさせると,遺伝子発現が完全に停止するが,転移を起こすより低い濃度では,遺伝子発現が亢進する(図311)

図3

cell-free遺伝子発現の活性のspermidine(3+)濃度依存性.文献11より転載.

ゲノムDNAの高次構造転移は,対イオンとの静電相互作用が平均場では取り扱いの困難な多体問題となる.理論と実験が融合して初めてその本質に切り込める研究課題であり,現在もその方向の研究を楽しんでいる.

3.  おわりに

研究の場所が変わることは,まったく新しい研究課題を思いつかせる絶好の機会を与えてくれる.工学部の化学を学んできた私に,理学部の物理で研究室を持つといった機会を与えていただいた京大では,さらに新しい研究課題に取り組む機会を得ることができ,その後,同志社大に移ったことで新鮮な研究テーマを考え付くといった,ありがたい研究者人生を過ごしてきている.物理学からみて,生命科学は新しい研究課題にあふれた魅力ある領域であるとともに,階層構造を持つ自然を対象としている物理学そのものを豊かにしてくれる.

最後に,私の研究室でともに研究を楽しんだ,学生・院生の方々に心よりの謝意を表させていただきます.

文献
Biographies

吉川研一(よしかわ けんいち)

同志社大学生命医科学部客員教授

 
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