2025 年 65 巻 5 号 p. 255-257
通常,リシンの側鎖のアミノ基は,プロトン化され正電荷を持ち(+NH3)水素結合のドナーとして働く.筆者らは,リシン側鎖のアミノ基が脱プロトン化され中性(NH2)となり,近傍のNH基に対してアクセプターとして水素結合を形成することを見出した.この新奇な水素結合のNMRによる直接観測について紹介する.

NMR法は水素(プロトン)を観測し,またスピン結合によって化学結合に関する情報が得られることから,水素結合の解析に大変有力な手法である.本稿では,リシン側鎖のアミノ基がアクセプターとなる新奇な水素結合のNMRによる同定について紹介する.
シアノバクテリアの光センサータンパク質であるRcaEは,分子内に発色団としてフィコシアノビリン(PCB)をもち,光吸収に伴うPCBのC環とD環の間の二重結合の異性化(C15-Z/C15-E)によって,2つの異なる構造である赤色光吸収(Pr)状態と緑色光吸収(Pg)状態を安定に形成する1)(図1).よく知られている光センサータンパク質であるロドプシン類では,きわめて短時間のうちに光吸収による励起状態から暗状態に戻るが,RcaEで励起状態に相当するPr状態は,そのまま非常に長い時間安定に存在する.言い換えれば,光照射による光変換を誘起させない限り,Pr状態,Pg状態のそれぞれの状態(構造)のままで存在できるという特徴をもつ.

RcaEの光変換.発色団PCBの4つのピロール環をA~Dで示す.(左)Pg状態の結晶構造.Lys261がPCBのD環のNと水素結合を形成している.(右)Pr状態の結晶構造.Lys261がPCBのカルボキシ基と水素結合を形成している.
筆者らはRcaEのPr状態,Pg状態のX線結晶構造解析に成功した2)-4).一方で,NMR解析を始めた当初,奇妙な化学シフトをもつ信号の存在に困惑した.タンパク質のNMR解析でよく用いられている1H-15N異種核単量子相関(HSQC)測定において,RcaEがPg状態にあるとき,1Hと15Nの化学シフトがそれぞれ0.69 ppm,27.4 ppmと,通常とは化学シフトが大きく異なる信号が1つ観測された2)(図2左).NMR解析で主に用いられる主鎖のNH基であれば,1Hと15Nの化学シフトが,それぞれ約8 ppm,約120 ppmのあたりに信号が現れるはずである.そこで多次元NMR測定を用いて帰属を行ったところ,この異常な化学シフトを示す信号がLys261の側鎖のアミノ基由来であることがわかった.しかし,典型的なリシンの側鎖では,アミノ基はプロトン化されており(+NH3),その化学シフトは,1Hと15Nでそれぞれ6 ppm,40 ppm付近のはずで,これらとも一致しない.Lys261のアミノ基の異常な化学シフトは,アミノ基が+NH3とは異なる状態で存在しているためと考えられた.そこで,アミノ基の信号の分裂を解析した.1Hをデカップリングしない,すなわち,1Hと15Nの共有結合を介したスピン結合が顕わとなるような1H-15N異種核in-phase単量子相関(HISQC)測定を行ったところ,アミノ基の信号は15N軸の方向に関して1:2:1の三本に分裂した2)(図2右).これはアミノ基のN原子(15N)に2つのH原子(1H)が結合していることを示しており,すなわちLys261の側鎖がNH2となっていることが明らかとなった2).

RcaEの1H-15N HSQCスペクトルと,試料管.(左)Pg状態(緑色を吸収して赤色に着色する)とPr状態(赤色を吸収して青色に着色する)を広い化学シフト範囲で測定したもの.Pg状態のときのみ,異常な化学シフト(1H,15N: 0.69 ppm, 27.4 ppm)の信号が観測される(黒丸囲み).(右)Pgで観測された異常な化学シフトをもつ信号の拡大図.1Hをデカップリングした通常のHSQCでは分裂がなく,デカップリングせずにスピン結合が生じたとき(HISQC)は,1:2:1での分裂が観測されている.
次の疑問は,この脱プロトン化したリシン側鎖のアミノ基(NH2)が他の残基と相互作用をしているか,という点である.Pg状態におけるRcaEのX線結晶構造解析では,発色団PCBのD環のN原子とLys261側鎖のN原子間の距離は3.1 Åであった(図1,図3上)2).また,同時にNMR解析によりD環のN原子がプロトン化していることを明らかにしており,この3.1 Åという近接した距離から,図3上のような,発色団PCBのD環のNHがドナーであり,脱プロトン化したリシン側鎖のアミノ基が「アクセプター」である水素結合が存在していると考えられた.これは,リシン側鎖のアミノ基は正電荷を帯び(+NH3),水素結合の「ドナー」として働くという一般的な生化学の常識と異なる水素結合であった.そこで水素結合経由のスピン結合による相関信号の観測を試みた.測定にはHNN相関分光法(HNN-COSY)を用いた.これは,もともとは核酸の塩基間に形成される水素結合を,水素結合経由のスピン結合を用いて直接観測する測定法である.有機分子の解析でも馴染み深い共有結合を介したスピン結合に対して,水素結合を介したスピン結合が存在することはあまり知られていないが,核酸の塩基対5),6),ヌクレオチドのリン酸とタンパク質の間7),タンパク質の主鎖の間8),9),主鎖と側鎖の間10)の水素結合等で存在が報告されている.

(上)Lys261が発色団と形成している水素結合.(下)HNN-COSYスペクトル.発色団D環のNHとLys261側鎖のNとの間で生じている相関シグナルを矢印で示す.
Pg状態におけるRcaEに対するHNN-COSYによる測定の結果,PCBのD環のNHと,Lys261の側鎖のN原子の間の,水素結合経由のスピン結合h2JNNを介した相関による信号が検出された(図3下).ここでhnJABはn個の化学結合で繋がる核AとBの間のスピン結合を表し(例えば,N-H...N結合の場合,n = 2),hは途中で水素結合を介していることを示す添え字である(図3上).この信号は,その磁化移動の経路からD環NH(ドナー)とLys261 N(アクセプター)の間に水素結合が存在することを明確に示している.また石北,斎藤,野地らによるQM/MM計算から,この水素結合がPg状態のRcaEタンパク質内で安定に存在することが示されている2).
さて,リシンが電荷を失って水素結合のアクセプターとなる意義を考えてみたい.RcaEにおいて,Lys261は,Pr状態では発色団PCBのカルボキシ基に対する水素結合の「ドナー」として機能し(図1右),Pg状態ではD環のNH基に対する水素結合の「アクセプター」として機能する(図1左).いわば「水素結合に関して二刀流」である.RcaEタンパク質は,PCB近傍に,二刀流として振舞うことができるリシンを採用することで,Pg状態およびPr状態両方の形成を可能にしているといえるだろう.実際このリシン残基は,RcaEが属するシアノバクテリアの光センサータンパク質の緑/赤サブファミリーで保存されている.
今回,筆者らは「電荷が中性(NH2)」のリシン側鎖のアミノ基を同定し,水素結合の「アクセプター」として機能することを明らかにした.このような水素結合の報告は,生体分子において前例がないと思われる.今回の結果は,リシン側鎖が正電荷を帯び,水素結合のドナーとして機能するという生化学における常識と異なる.しかし,この常識は現在までに蓄積された立体構造情報に基づく知見である.Protein Data Bankに登録された20万個を超えるタンパク質の構造の大半が,水素原子(プロトン)に関する実験的情報を得ることが困難なX線結晶構造解析によるものであることを考えると,今までその存在に気付かず,見逃してきたのではないだろうか.今回の発見は,リシンが形成する新たな水素結合(相互作用),機能を再考する必要があることを意味していると思われる.
本研究は,科研費学術変革領域研究(A)光合成ユビキティJP24H02094,基盤研究(B)JP22H02562の支援を受けて行われた.