生物物理
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総説
タンパク質中の水素結合基の伸縮振動とプロトン移動
辻村 真樹斉藤 圭亮石北 央
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2025 年 65 巻 6 号 p. 305-309

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Abstract

タンパク質環境内で水素結合を形成する官能基のO–D伸縮振動数やC=O伸縮振動数はpKaと強く相関するが,pKaの直接測定は困難である.本研究では,これらの伸縮振動数を指標としてプロトン移動のドナーおよびアクセプターのpKaを同定し,プロトン移動を伴うタンパク質環境内での反応機構の解明を可能とする理論的な手法を確立した.

Translated Abstract

The stretching vibrational frequencies of O–D bonds and C=O bonds in acidic residues provide valuable information on the properties of their participating hydrogen bonds in proteins. Using a quantum mechanical/molecular mechanical approach, the correlations between these vibrational frequencies and the pKa difference between hydrogen bond donor and acceptor groups (ΔpKa) were analyzed, based on bacteriorhodopsin and photoactive yellow protein crystal structures. The results reveal the strong correlation between these stretching vibrational frequencies and ΔpKa, enabling the estimation of pKa values that are difficult to determine experimentally. These findings may contribute to the understanding of biological processes involving proton transfer.

1. はじめに

プロトンポンプタンパク質は,光・化学エネルギーを利用してプロトンを一方向に輸送することでプロトン駆動力をつくる.またプロトン移動は,1価の正電荷の移動であり,タンパク質の静電環境を大きく変える.その変化によって引き起こされる構造変化がタンパク質の機能に重要である1),2)

水素結合ネットワークが組み変わることで,玉突きのように起こるプロトン移動は起こりやすい(Grotthuss機構,図13).プロトン移動に重要な量が酸解離定数(pKa)である.pKaが高いほどプロトンに対する親和性が高い.したがってプロトン移動は,pKaの低い分子から高い分子に対して起こる4)

図1 水素結合ネットワーク.プロトンの移動(青矢印)とC=O,O–H伸縮振動(黒矢印).

水素結合ネットワークを形成する分子の伸縮振動数は,水素結合の強さに依存する(図1).O–H伸縮振動数(νO–H)が低いほど,結合エンタルピーの大きな強い水素結合である(Badger-Bauer則5)).また,プロトン化したカルボキシ基のC=O伸縮振動数(νC=O)は,C=O結合が水素結合を受け取るか,O–H結合が水素結合を与える場合に低波数シフトする6)

水素結合のドナーとアクセプターとのpKaの差(ΔpKa7)は,両者のプロトンに対する親和性の差に対応し,水素結合の性質をよく反映する.例えば,2つの水分子が形成する水素結合では,ドナーのpKaは~16(平衡H2O ⇄ OH + H+),アクセプターのpKaは~–2(平衡H2O + H+ ⇄ H3O+)なので,ΔpKaは~18である.ΔpKaが小さいほど,水素結合の結合エンタルピーが大きい(pKa slide則8)).また,ΔpKaが小さいほど,プロトンがアクセプターに引きつけられることで,O–H伸縮振動数が下がる9).同時に,アクセプターがドナーに強く引きつけられることで,O...O原子間距離が短くなる10).したがって,水素結合の伸縮振動数や距離は,pKaについての情報を含む11),12)

タンパク質はヘテロな静電環境を利用し,アミノ酸残基や補因子,水分子のpKaを変化させることで,プロトン移動を制御する.タンパク質中の水素結合のΔpKaと伸縮振動数や距離との関係が明らかになれば,これらからプロトン移動に重要なpKaの情報を引き出すことができる.以下ではこの課題について,タンパク質環境を考慮に入れた量子化学計算手法であるquantum mechanical/molecular mechanical(QM/MM)法を用いて取り組んだ研究を紹介する13),14)

2. O–D伸縮振動数

タンパク質中の水素結合のΔpKaは,ドナーとアクセプターの一方のpKaを他方のpKaよりも大きく変えるような影響により,水中での値からシフトする.そこでまずは,タンパク質中の水素結合のΔpKaを求める方法が必要であった.プロトンが水素結合のドナー側に存在するときとアクセプター側に存在するときとのエネルギー差(ΔE)とΔpKaには,経験的に正の相関がある(図29),13).そこで,タンパク質中の水素結合について,QM/MM法を用いてΔEを計算し,ΔEとΔpKaとの相関を用いることで,ΔpKaを算出した.

図2 (左)水素結合ポテンシャルエネルギー曲線.(右)フェノールとアルコールが形成する15個の水素結合について,ΔEの計算値とΔpKaの実験値との相関13)

光駆動プロトンポンプタンパク質であるbacteriorhodopsin(BR)と,光センサータンパク質であるphotoactive yellow protein(PYP)を解析対象とした.BRでは,色素であるレチナールがLys216とシッフ塩基を形成する(図3).暗状態では,シッフ塩基と水分子(w402),脱プロトン化したAsp85が水素結合を形成する.シッフ塩基が持つプロトンはM中間体でAsp85に移動する.Nʹ中間体ではプロトン化したAsp85が水分子(w401)に水素結合を与える.Asp85が持つプロトンは,暗状態に戻るときに細胞外側に存在するGlu残基に移動する15).PYPは色素としてp-クマル酸(p-coumaric acid, pCA)を持つ(図3).暗状態では,プロトン化したGlu46がpCAに水素結合を与える.pR中間体からpB中間体への遷移においてGlu46からpCAへプロトンが移動し,それに伴ってpCAの配向が大きく変化する16)

図3 暗状態BRのw402...Asp85(PDB ID: 5ZIM),Nʹ中間体BRのAsp85...w401(1P8U),およびPYPのGlu46...pCA(1OT9)水素結合.

暗状態BRのw402...Asp85水素結合,Nʹ中間体BRのAsp85...w401水素結合,およびPYPのGlu46...pCA水素結合について,QM/MM法を用いて,O–D伸縮振動数とΔpKaを計算した(図4a・赤色の丸).水素結合ネットワークを取り囲み,静電相互作用を介して振動数とΔpKaとに影響を与えているタンパク質環境(MM領域)における各アミノ酸残基(暗状態BR:227残基[図4a・紫色の丸],Nʹ中間体BR:226残基[図4a・橙色の四角],暗状態PYP:124残基[図4a・青色の三角])のそれぞれとの静電相互作用が無い状態での,振動数とΔpKaの計算も行った.これにより,3つの水素結合について,静電環境が少しずつ異なる状態での振動数とΔpKaの計算を,アミノ酸残基の数だけ行うことが可能になった.なお,解析した水素結合から遠くに存在するアミノ酸残基は,水素結合基の振動数やΔpKaにほとんど影響しないため,図4aにおいて多くのプロットは赤色の丸の付近に集中している.

図4 (a)暗状態BRのw402...Asp85水素結合(紫色の丸),Nʹ中間体BRのAsp85...w401水素結合(橙色の四角),およびPYPのGlu46...pCA水素結合(青色の三角)におけるO–D伸縮振動数とΔpKaとの相関13).全てのアミノ酸残基との静電相互作用の存在下でのO–D伸縮振動数とΔpKaを赤色の丸で囲った.(b)O–D伸縮振動数とΔpKaとの相関の原因.

暗状態BR,Nʹ中間体BR,およびPYPのそれぞれの水素結合について,O–D伸縮振動数とΔpKaには強い正の相関がある(図4a).また,これらの3つの水素結合について,O–D伸縮振動数とΔpKaとの相関は比較的よく一致する.したがって,タンパク質中の水素結合のO–D伸縮振動数は,ドナー・アクセプターの種類や,ΔpKaを変える以外のタンパク質環境の影響には大きく依存しない13)

ΔpKaが小さいほどO–D伸縮振動数が低いのは,ΔpKaが小さいほどプロトンがアクセプターに引きつけられることで,O–D振動子がバネとして弱くなるためである.水素結合ポテンシャルエネルギーが最小になるところの曲率が,O–D振動子を調和振動子で近似したときのバネ定数kである(図4b).O–D伸縮振動数は,kの平方根に比例する.ΔpKaが小さくなると,曲率kが小さくなることで,O–D伸縮振動数が小さくなる.

3. C=O伸縮振動数

次に,プロトン化したAsp,Gluが水素結合を供与するときの,カルボキシ基のC=O伸縮振動数と水素結合のΔpKaとの関係を解析した.プロトン化したAsp,Gluはプロトン移動によく関わり,波数領域(1800-1700 cm–1)が他の振動と被りづらく測定しやすい.Nʹ中間体BRのAsp85...w401水素結合とPYPのGlu46...pCA水素結合について,O–D伸縮振動数の解析と同様に,QM/MM法を用いて,C=O伸縮振動数とΔpKaを計算した(図5a・赤色の丸).MM領域における各アミノ酸残基(Nʹ中間体BR:226残基[図5a・橙色の四角],暗状態PYP:124残基[図5a・青色の三角])のそれぞれとの静電相互作用が無い状態での,振動数とΔpKaの計算も行った.

図5 (a)Nʹ中間体BRのAsp85...w401水素結合(橙色の四角)とPYPのGlu46...pCA水素結合(青色の三角)におけるC=O伸縮振動数とΔpKaとの相関13).全てのアミノ酸残基との静電相互作用の存在下でのC=O伸縮振動数とΔpKaを赤色の丸で囲った.(b)C=O伸縮振動数とΔpKaとの相関の原因.

Nʹ中間体BRとPYPのそれぞれの水素結合について,C=O伸縮振動数とΔpKaには緩やかな相関がある(図5a).両者はカルボキシ基のπ共役性を介して相関している(図5b).ΔpKaが大きい水素結合では,プロトンがカルボキシ基と強く結合し,C=O結合の二重結合性とC–O結合の単結合性が高い.ところが,ΔpKaが小さくなると,プロトンがアクセプターに引きつけられる.すると,カルボキシ基が脱プロトン化した状態に近くなることで,C=O結合とC–O結合の1.5重結合性が高くなり,C=O伸縮振動数は小さくなる.

一方で,Nʹ中間体BRのAsp85...w401水素結合と,PYPのGlu46...pCA水素結合とでは,C=O伸縮振動数とΔpKaとの相関は大きく異なる(図5a).これは,C=O結合との静電相互作用により,C=O伸縮振動数を直接変える要素が存在するためである.例えばNʹ中間体BRにおけるAsp212は,Asp85とw401とから等距離に存在するためにΔpKaは変えないが,C=O結合との静電相互作用によりC=O伸縮振動数を上げる.したがって,プロトン化したカルボキシ基のC=O伸縮振動数は,(1)ΔpKaを変えることでカルボキシ基のπ共役性を変える要素と,(2)C=O結合との静電相互作用により,C=O伸縮振動数を直接変える要素とによって変化する13)

カルボキシ基の水素結合のパターンや,周辺の静電環境が大きく変わらない場合には,C=O伸縮振動数のシフトの方向が,ΔpKaのシフトの方向の指標として利用できる.例えばPYPでは,Glu46からpCAへのプロトン移動に先立って,暗状態からpR中間体への遷移に伴ってGlu46のC=O伸縮振動数が1740 cm–1から1732 cm–1にシフトする16).この遷移において,Glu46の水素結合のパターンは変わらず17),静電環境が大きく変わるようなプロトンや電子の移動も起こらないことから,この低波数シフトはGlu46...pCA水素結合のΔpKaの低下によるものと考えられる.実際に,この水素結合に対するポテンシャルエネルギーの解析から,暗状態からpR中間体への遷移に伴ってΔpKaが小さくなることが報告されている18)

4. O...O距離

Protein Data Bankに20万個以上のタンパク質立体構造が登録されているように,O...O距離は振動数と比べて実験値がはるかに豊富である.906個の高分解能X線結晶構造に対する解析から,水分子と脱プロトン化したAsp,Glu側鎖との間のHOH...OOC型の水素結合について,O...O距離の平均は2.73 Åである14).タンパク質環境の影響により,O...O距離はこの値からシフトする.5種類の微生物ロドプシン中の,12個のHOH...OOC型の水素結合について,O...O距離とΔpKaとには緩やかな正の相関がある(図6a).この相関は,タンパク質中の平均的なO...O距離とΔpKaとの相関14)図6aの直線)と比較的よく一致する.

図6 (a)微生物ロドプシン中の12個のHOH...OOC型の水素結合について,O...O距離とΔpKaとの相関14).橙色の四角はNʹ中間体BRのw406...Asp212水素結合,紫色の四角は暗状態BRのw402...Asp212水素結合,黒い丸はその他の10個の水素結合のO…O距離とΔpKaとを示す.(b)Nʹ中間体BRのw406...Asp212水素結合.

ところが,この相関から,O...O距離が短くなる方(Nʹ中間体BRのw406...Asp212水素結合)と,長くなる方(暗状態BRのw402...Asp212水素結合)に外れる水素結合も存在する(図36).O–H伸縮振動数(およびO–H距離)はΔpKaと強く相関する(図4a).一方でO...O距離を決める要素には,O–H距離の他に,H...O距離とO–H...O角度がある.Nʹ中間体BRのw406...Asp212水素結合では,O–H...O角度が149°と小さいことで,ΔpKaが~13と小さくないにも関わらず,O...O距離は2.57 Åと短い(図6b).また,暗状態BRのw402...Asp212水素結合では,w402とAsp85およびLys216との水素結合などにより,H...O距離が長くなることで,O...O距離が2.92 Åと長い.したがってO...O距離は,ΔpKaを変えるようなタンパク質の静電環境だけでなく,O–H...O角度とH...O距離を変えるような構造的な要因にも依存する14)

5. 水素結合の伸縮振動数・距離とプロトン移動

以上をまとめれば,タンパク質中の水素結合について,(1)O–H(D)伸縮振動数はΔpKaと強く相関する(図4).(2)プロトン化したAsp,Gluについて,水素結合のパターンや周辺の静電環境が大きく変わらない場合には,C=O伸縮振動数のシフトの方向が,ΔpKaのシフトの方向の指標として利用できる(図5).(3)O...O距離もΔpKaに強く依存する一方で,O–H...O角度とH...O距離を変えるような構造的な要因にも依存する(図6).これらの点に注意すれば,水素結合の伸縮振動数や距離からΔpKaの情報が引き出せる13),14)

このように得られる水素結合のΔpKaは,伸縮振動数や構造の測定が行われる状態(暗状態など)におけるものであり,プロトン移動が起こる過渡的な状態におけるものではない.プロトン移動は,暗状態においてΔpKaの小さな水素結合とは全く別の水素結合で起こることもある.例えば暗状態BRのw402...Asp85水素結合(図3)は,O–D伸縮振動数が2171 cm–1と低波数であり19),したがってΔpKaが小さい.ところが,X線自由電子レーザー法を用いた時分割の結晶構造解析から,BRにおけるシッフ塩基からAsp85へのプロトン移動が,w402を介してではなく,Thr89を介して起こる機構が提案されている20)

一方で,プロトンポンプとして機能する微生物ロドプシンのほとんどでは,暗状態において,BRのw402...Asp85水素結合のように,水分子がO–D伸縮振動数<2400 cm–1の強い(ΔpKaの小さい)水素結合を供与する15).プロトンを輸送しない微生物ロドプシンの多くでは,そのような強い水素結合は形成されない.プロトンポンプとそれ以外とで,暗状態においてこのような違いが生じるのはどうしてであろうか?

水素結合のアクセプターのpKaが高いほど,水素結合のΔpKaは小さくなる.そのため,水分子が供与する強い(ΔpKaの小さい)水素結合のアクセプターのpKaは比較的高いと考えられる.プロトンポンプロドプシンでは光照射後に,シッフ塩基からプロトンを受け取るグループ(BRにおけるAsp85)のpKaが,シッフ塩基のpKaよりも高くなる必要がある.そのため,そのグループのpKaを高くするための相互作用がタンパク質構造に埋め込まれているはずである.その相互作用を光照射前に完全に消しておくことはできないだろうから,暗状態においてもそのグループのpKaは比較的高めになるであろう.その結果,水分子がそのグループに与える水素結合のΔpKaが小さくなる.一方,プロトンポンプ以外では,必ずしもpKaの高いグループは必要ない.したがって,「プロトンポンプロドプシンでは,光照射後にプロトンを受け取るグループのpKaを高くする必要性から,暗状態においてもそのグループのpKaが比較的高いことで,(ΔpKaの小さな)強い水分子の水素結合が形成されるのではないか」というのが本研究から得られた示唆である.

文献
Biographies

辻村真樹(つじむら まさき)

理化学研究所基礎科学特別研究員

斉藤圭亮(さいとう けいすけ)

東京大学先端科学技術研究センター准教授

石北 央(いしきた ひろし)

東京大学先端科学技術研究センター教授

 
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