2025 年 65 巻 6 号 p. 318-321
生きた細胞の細胞膜のナノ形状と流動性を同時計測可能な顕微鏡法を開発した.本顕微法により,がん細胞の悪性度の指標となり得る細胞膜の物理的特徴を発見し,関連する分子種を特定した.本顕微法を用いることで,生命現象における細胞膜の形状・流動性の役割解明が期待できる.

細胞接着は,細胞と外部環境とを物理的に繋ぐ重要なプロセスであり,多様な生命現象が発現する源である.例えば,血液に浮遊したがん細胞は,接着をファーストステップとして他の臓器に転移する.細胞接着において,細胞と外部環境(細胞,細胞外基質など)は,細胞膜を界面として物理的に接触している.よって,接着界面における細胞膜の形状と物性を計測する技術開発は生命現象の命題の一つである.一般的には,細胞膜を介した細胞接着を可視化するためには,カドヘリンやインテグリンなどの細胞接着に関わる膜タンパク質に蛍光分子をラベルして観察する手法が広く用いられている.しかし,蛍光シグナルは,細胞接着分子の存在は検出するが,それは生物学的な相互作用(例:鍵-鍵穴結合)を介した接着が存在することを必ずしも示すものではない.さらに,蛍光からは,後述する物理的な相互作用(クーロン力,分子間力など)を介した細胞接着を検出することもできない.また,蛍光ラベルは細胞膜の流動性などの物性情報取得にも用いられるが,細胞接着可視化用の蛍光分子とのクロストークなどが生じるという問題がある.そこで最近筆者らは,生物的・物理的な細胞接着界面を包括的に可視化する反射干渉法(第2章)に対して,細胞膜の流動性を可視化する蛍光プローブ(第3章)を組み合わせ,生きた細胞の膜のナノ形状と流動性の同時イメージングが可能な顕微法を開発した.本稿では本顕微法原理と,応用として,がん細胞の悪性度の指標となる膜物性を発見した例(4章)を紹介する.
干渉シグナルと蛍光シグナルの同時取得のために開発した光学系の概要を図1に示す.まず,干渉シグナルは,反射干渉法(Interference Reflection Microscopy, IRM)により取得した.IRMの原理については,2017年の生物物理学会誌でも概説しているので併せて参照されたい1).本研究では,Continuous Wave(CW,連続発振)レーザー(λ = 561 nm)の単色光I0を試料に照射し,基板-溶液界面での反射光I1と試料-溶液界面での反射光I2とが形成する干渉光Iを検出器で取得する.Iの輝度は,光路差となる試料-基板間距離hを反映する.その関係性は,疑似的に光の垂直入射と垂直反射を仮定した最も単純なモデルを用いて2)

| 式(1) |
と記載できる.nは溶液の屈折率である.Iからhへの変換に用いる実行式としては
| 式(2) |
が用いられる.Imax,Iminはそれぞれ干渉縞の最大,最小輝度値である.ガラス基板を用いた場合,hの空間分解能は約2 nmに達することが知られている2).
IRMの強みは,生細胞の接着をラベルフリーで観察できるだけではなく,波長を適切に選べば,蛍光プローブとも共存できる点にある.筆者らは,固定したがん細胞の接着斑を蛍光ラベルし,蛍光像と干渉像を同時に取得した.その結果,蛍光で検出された接着斑の存在する領域は,反射像で検出される細胞接着領域(h < 50 nmと定義)の約16%しか占めていないことがわかった3).つまり,細胞膜は蛍光で観察される領域よりも遥かに大きな領域で外部環境と物理接触していることを意味している.つまり,IRMは後述するような蛍光プローブと組み合わせることで,蛍光だけでは検出できない物理的な相互作用による接着まで包括的に可視化できる強力なツールであることを示している.
図1の光学系では,反射干渉用光源と同軸上に,多光子励起用の超短パルスレーザー(λ = 780 nm, Δt ~ 75 fs)を導入しており,膜環境感受性色素(6-lauryl-2-dimethylamino-napthalene, Laurdan)の蛍光シグナルも取得することができる.Laurdanは細胞の疎水性成分(細胞膜の内膜および外膜)に取り込まれやすく,細胞膜の場合は膜流動性が高くなるほど長波長側の蛍光が強くなることが知られている4).実験的には,Ch1(λem = 420 to 460 nm, I420-460)とCh2(λem = 474 to 515 nm, I474-515)の2チャンネルで蛍光シグナルを取得し,以下の式から膜流動性の指標となるGP(generalized polarization)値を算出する4).
| 式(3) |
である.GPは–1から+1までの値をとり,GPが+1に近づくにつれて膜が低流動的になることを示している.なおGは機器ごとの補正値である.Laurdanは固定した細胞に限らず,動的に変化する生きた細胞の膜流動性評価にも適しており,組織の初期発生5)から,昆虫細胞の接着6)まで,幅広い生命現象を応用できる強力なツールである.
構築した新規顕微光学系を,ヒト乳腺がん細胞株(MCF7)と正常株(MCF10A)の膜のナノ形状と流動性評価に応用した例を示す.まず,Laurdanの蛍光像を取得し,式3を用いてGP像に変換したものを図2上段に示す.興味深いことに,MCF7の縁にはGP値が大きな(低流動的な)細胞膜領域があることを見出した.MCF10Aの場合には縁に顕著な低流動的な膜はなかったことから,MCF7膜の特徴である可能性が高い.さらに本研究では,細胞膜の接着領域を検出するために,蛍光像に加えて反射干渉像を同時取得した(図2中段).干渉像では,画像輝度が低い領域は,細胞膜と基板間が物理接触していることを示している.干渉像観察から,細胞の縁の低流動的な膜は,明るい干渉輝度(矢印),つまり膜が基板から離れた非接着領域に存在していることを示している.さらに,式2を用いて細胞膜-基板間距離に変換したところ(図2下段),細胞縁の低流動的な膜は,40 ≤ h ≤ 80 nmの領域に存在することがわかった.以上をまとめると,転移性を有するヒト乳腺がん細胞の縁には,非接着(もしくは弱接着)で,かつ低流動的な細胞膜が存在することを発見した.統計的な実験解析においても,この縁に見られる低流動的な細胞膜の存在は有意であり,がん細胞に特徴的な膜物性の発見に至った7).

細胞膜の流動性に影響を与える代表的な膜構成分子としては,コレステロールが挙げられる.これまでに,ヒト乳腺のがん患者においては,コレステロールの合成経路におけるHMG-CoAレダクターゼ(HMGCR)が活性していることが報告されている8).そこで,その阻害剤であるLovastatinを作用させた後のがん細胞の膜流動性を本顕微法で評価した(図3a).その結果,処理前のがん細胞の縁に見えていたGPが大きい領域(図3a矢印),つまり低流動的な膜が消失した(図3a矢印).一方,がん細胞の運動の先端に目を向けてみると,アクチンフィラメントで支えられたフィロポディア構造がある.本実験結果は,動的に揺らぐ細胞の縁は一見柔らかそうに見えても,こういったコレステロールの集積によって低流動的で安定化された構造に支えられている可能性を示唆している(図3b).他にも筆者らは不飽和脂肪酸の合成を阻害した実験などでも,がん細胞膜の流動性に関する興味深い知見を得ており,詳細は既報を参照されたい7).

本稿で紹介した顕微法を用いることで,生きた細胞の細胞膜のナノ形状と流動性を同時に計測することが可能になった.筆者らは本手法を用いて,がん細胞の悪性度の指標となるような細胞膜の物理的な指紋を発見し,その裏打ちする分子種も特定した.また筆者は,古典的なIRMに端を発し,様々ながん細胞の接着の定量評価を進めている9).近年では構造化照明の導入10)によってIRMを超解像化することにも成功した.これら干渉と蛍光との組み合わせによる顕微技術が,今後も様々な生命現象メカニズムの解明に資することを期待し,本稿を締める.
松﨑賢寿(まつざき たかひさ)
大阪大学大学院フューチャーイノベーションセンター若手卓越教員/テクノアリーナ准教授,大阪大学大学院工学研究科助教
吉川洋史(よしかわ ひろし)
大阪大学大学院工学研究科物理学系専攻教授