生物物理
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理論/実験 技術
エンドツーエンド微分可能探針形状推定法によるAFM画像の鮮明化
松永 康佑大金 智則渕上 壮太郎高田 彰二
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2025 年 65 巻 6 号 p. 328-332

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Abstract

AFM画像の歪みの原因となる探針形状を,ノイズに強い微分可能なアルゴリズムで推定するデータ解析手法を開発した.推定された探針形状で歪みを取り除くことにより,従来法より高精度な画像鮮明化を実現することができた.本手法は,他の構造データとの定量的比較を可能にする解析ツールとして期待される.

1.  はじめに:AFMにおけるコンボリューション効果

原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy; AFM)1)は,生理的条件下で基板表面上の試料分子を計測できる強力な手法である.特に,High-Speed AFM(HS-AFM)2),3)は,高速な画像取得によって生体分子がまさに動いて機能する様子を観測することが可能であり,現代の生物物理において重要な計測法の1つとなっている.

現在,典型的なHS-AFM機器の空間分解能は基板表面に平行な方向でおよそ2 nm,基板表面に垂直な方向で0.1~0.2 nmであるが,一方でAFMにおいては,そうした機器全体の性能とは別に,計測に用いる探針と試料分子との相互作用からくる原理的な解像度の限界が存在する.探針の形状,測定されるサンプル分子の表面形状が与えられたとして,そこから計測される分子の形状情報の関係を図1a1bに示す.サンプル表面形状に比べて探針が非常に細い場合,探針でサンプル表面を「なぞって」(走査して)得られる形状情報(以後,画像プロファイルと呼ぶ)は,元々の分子形状とそっくりなものが得られる.一方で,探針形状が太い場合には,探針とサンプル表面との相互作用からくる画像プロファイルの歪みが生じる.具体的には,探針の形状分だけ画像が「膨らんで」ぼやける歪みであり,コンボリューション効果と呼ばれる.このコンボリューション効果のために,AFM画像と,X線結晶構造やCryoEM構造またはシミュレーション構造との直接比較が難しいことがあり,何らかの手法でコンボリューション効果を取り除くことができれば,より定量的な構造比較が可能になると期待される.

図1 コンボリューション効果と幾何学的演算の概念図.a)細い探針形状でなぞった際に得られる画像プロファイル.b)太い針の場合.c)Dilationによってサンプル表面Sが膨らんで画像プロファイルが得られる.d)Erosionによって画像プロファイルが削られてサンプル表面が復元される.文献6)からCC-BY 4.0に基づき転載・改変.

もし探針形状が判明すれば,コンボリューション効果を取り除くために,画像プロファイルに対して後で紹介するデコンボリューション的な演算(Erosion)によって近似的にサンプル表面形状を復元できる.ただし,探針が全く触れていないサンプル表面箇所は,そもそも情報が存在しないため,そうした演算でも原理的には復元できないことに注意されたい.ここでは探針が一度でも触れたことがある分子の側面や凹凸情報を復元して,分子のより正確な構造サイズ等を復元することを目標とする.

探針形状を得るには主に3つのアプローチがある.1つ目は,AFM計測の前か後で,探針を別の手段(例えば電子顕微鏡)で計測する方法である.2つ目は,AFM計測に,既に構造が別の手段(X線結晶解析やCryoEM)で判明している分子をキャリブレーションのために混ぜる計測手法である.形がわかっているので計測された「ぼやけ」画像との対応から探針形状を推定しやすくなる.ただし,この1つ目と2つ目のアプローチはいずれも手間が大きいのと,計測中に探針形状は変形してしまう可能性もあるため,全ての計測で用いることは現実的ではない.3つ目のアプローチは,得られた画像プロファイルのみをデータ解析することで,探針形状を推定する方法である.代表的なデータ解析手法がおよそ四半世紀前にVillarrubiaによって提案されたBlind tip reconstruction(BTR)4)である.ここで「Blind」とは探針形状が未知の状態から推定することに由来する.BTRはノイズのない画像プロファイルに対しては探針形状推定が非常に上手くいくことが知られている.しかし残念ながらノイズに対して弱いという弱点があり,特にHS-AFMデータのようなノイズが比較的多く含まれる現実データへの応用が難しい.これに対する1つのアプローチとして,探針形状の形を仮定し(円錐と球の組み合わせなど),小数パラメータ(円錐の角度や球の半径)で記述して,フィッティングによって推定する方法があるが5),任意の形状への応用には限界がある.

我々は,この問題に対して最近,BTRを拡張してノイズに強い探針推定法(エンドツーエンド微分可能BTR,以下では微分可能BTRと呼ぶ)を開発した6).BTRのアルゴリズムは純粋な幾何学的解析から設計されたものであるが,我々はそこに現代的な機械学習のアプローチを導入することで,よりノイズに強い推定を実現した.本稿では,特にデータ解析や機械学習に興味のある読者を対象として,数理的な面も含めて,開発した手法の内容を紹介する.

2.  微分可能な探針形状推定法

VillarrubiaのBTRを説明したうえで,我々の微分可能BTRを導入する.まず,BTRを説明するために,幾何学的な演算を2つ導入する.測定対象の分子を吸着させている固体基板の表面(基板表面)をxy平面とし,基板表面に対して垂直な高さをz座標,基板表面をz = 0とする.座標(x,y)におけるサンプル表面の高さを(基板表面部分までも含めて)s(x,y),計測された画像プロファイルをi(x,y)で表す(図1中では,各座標における高さs(x,y)i(x,y)の集合を意味する大文字表記SIを使用している).探針とともに移動する座標系(u,v)上での探針の高さをt(u,v)0 とする.便宜上,反転された探針の高さをp(u,v)=t(u,v)0とする.このとき,Dilation(膨張処理)という演算は以下のように定義される.

  
i ( x , y ) = max u , v [ s ( x u , y v ) + p ( u , v ) ] .

ここでmaxは座標(x,y)まわりを探針でなぞった際の最大値を得る操作に対応する.図1cにあるように,Dilationはサンプル表面を探針でなぞり実際のサンプル表面よりも探針形状の分だけ「膨らんだ」i(x,y)を得る,すなわちコンボリューション効果を模倣した演算である.

Dilationとは対照的に,探針形状よりも小さな領域を「削る」演算がErosion(収縮処理)であり,以下のように定義される.

  
s ( r ) ( x , y ) = min u , v [ i ( x + u , y + v ) p ( u , v ) ] .

ここでminは座標 (x,y)まわりを探針で削った際の最小値を得る操作に対応する.図1dにあるように,i(x,y)と探針形状p(u,v)を入力として,Erosionによってその探針形状よりも小さな凹凸が削られたサンプル表面s(r)(x,y)が得られている.

Erosionの重要な性質として,もし画像プロファイルi(x,y)が任意の形状ではなくあるサンプル表面s(x,y)と探針形状p(u,v)によるDilationによって得られたものであれば,そのi(x,y)を同じp(u,v)でErosionして得られるs(r)(x,y)は,s(x,y)を良く近似することが知られている(図1d).なお,厳密にはs(r)(x,y)は,p(u,v)によるDilationによってi(x,y)を再現する表面形状の集合の上限となる.AFMデータ解析においては,もちろんi(x,y)は探針によるDilationによって得られたものなので,この性質は常に成り立つ.

DilationとErosionをコンパクトにそれぞれI=SPS(r)=IPと表記する.このとき,BTRでは以下の等式を満たすPを求める.

  
( I P ) P = I

この等式の意味は,画像プロファイルIを探針PによるErosionで削って仮のサンプル表面を復元した後に,また同じ探針Pでなぞり直して得られる画像プロファイルが入力Iと同じとなる,ということを意味している.これはどのような探針形状Pでも成り立つわけではない.例えば,あまりに太い探針Pを使うと,最初のErosionによって画像プロファイルIを削りすぎてしまい,その後のDilationによっても削った場所が十分に膨らまず,もとのIとは異なったものが得られてしまう.一方で,先に述べたErosionの性質によって,Iを生成したときの真のPを用いると,Erosionで適度に凸凹が削れ,等式は成り立つ.

ただし残念ながら等式を満たすPは唯一ではなく,真の探針形状Pよりも細い無数のPが上式を満たしてしまう.例えば,デルタ関数的に細い探針Pを用いると,ErosionもDilationも入力をほぼそのまま出力するので常に等式が成り立つ.そこでBTRでは,平面状の非常に太い探針形状を初期条件として,少しずつ探針を削っていき,それ以上削れなくなったところでストップするというアルゴリズムで上式を満たすうちで最も太い探針形状を探索する.

具体的なアルゴリズムの概念を図2aに示す.等式が成り立っているならば,一度Erosionで探針形状Pよりも小さな凸凹は削れているはずなので,画像プロファイルにはPより小さな凸凹は存在してはいけない.そこで,画像プロファイルに現在の形状Pを重ねていって,Pがはみ出す箇所があればそこを削る操作を繰り返す.

図2 Blind tip reconstructionアルゴリズムの概念図.a)ノイズがない画像プロファイルの場合.b)ノイズが含まれている画像プロファイルの場合.

このアルゴリズムは幾何学的にはエレガントだが,ノイズを含む実データに対して弱いことが知られている.実際,ノイズが存在する画像プロファイルI図2bのように細かな凹凸があるため,Pをどんどん細かく削っていってしまい,実際よりも細いPを推定してしまう.前処理としてIにスムージング処理を施すこともあり得るが,そのような処理はPの推定をバイアスさせてしまう.

BTRをノイズに対して頑健にするにはどうしたらよいだろうか? 現代の機械学習の枠組みでは,ノイズの確率分布等を仮定して,対数尤度等で損失関数を作り,それをパラメータについて最小化することが多い.我々はそれに則って,ガウスノイズを仮定してBTRの等式を以下の損失関数L(P)に置き換えて探針形状Pをパラメータとして最小化することを提案した.

  
L ( P ) = ( 1 / M ) m = 1 M ( I P ) P I 2 + λ P 2

ここで,はL2ノルム,λはパラメータである.

第1項は,元の画像と,推定した探針で復元・再生成した画像との誤差を測っている.第2項は探針形状が不必要に細くなるのを防ぐ項である.オリジナルのBTRでは各画像プロファイルIの各箇所に探針形状Pを重ねて削るかどうかを都度判断するが,ここでは第1項によってM枚の{Im}を統計的に再構成しているかを見て,削るかどうか判断しているところが大きな違いである.この損失関数は,BTRよりもPについての最適化が難しいが,複雑な勾配計算も最近の深層学習フレームワークに備わっている自動微分を利用し,勾配法によって問題なく最適化できる.パラメータλについては,機械学習で用いられるOne standard error rule(最小MSEの標準誤差内にある最も大きなλを選ぶ経験則)で決めることができる.このように機械学習技術を積極的に活用した手法となっている.

3.  疑似データと実データでの検証

Myosin V motor domain構造(PDB ID: 1OE97))を例に,予め探針形状を仮定して,疑似AFM画像プロファイルから,正解の探針形状を推定できるか,更に推定した探針形状からErosionによってサンプル表面を復元できるかを検証したので,その結果を図3に示す.探針形状として(AFM計測中におけるトラブルの1つである)先端が2つに割れた形状を使って,疑似AFM画像プロファイルを20枚作成し(画像毎に分子はランダムに回転させた),各画像にガウスノイズを加えた.従来のBTRでは,ノイズの影響で細い形状になってしまっているが,微分可能BTRでは2つの先端をよく再現できている.更にErosionによって復元されたサンプル表面を見ると,微分可能BTRのほうでは二重に見えていた分子像が取り除かれて,元の表面と近い形状を再現することができている.

図3 疑似AFM画像での検証結果.a)用いた20枚の疑似AFM画像の1つ.b)正解のサンプル表面.c)とd)オリジナルBTRと微分可能BTRによって推定された探針形状の断面.赤線が正解.e)とf)復元されたサンプル表面.文献6)からCC-BY 4.0に基づき転載・改変.

次に,Myosin VがActinフィラメント上を歩行する様子を捉えた30フレームのHS-AFM実データ8)へ適用した(図4).実データでは疑似AFM画像とは異なり,画像中には走査方向(画像の横方向,X軸)のプラス側にパラシュート効果(走査方向に画像が尾を引くように歪む現象)による縞が確認される.BTRでは,この効果によりY軸方向に過度に細い探針が推定されてしまったが,微分可能BTRではY軸方向の適度な太さが保たれた探針形状を得ることができた6)

図4 Myosin Vの歩行運動データへ応用した結果.a)用いた30フレームの1フレーム目.b)シミュレーション構造の1つ.c)とd)オリジナルBTRと微分可能BTRによって復元されたサンプル表面.文献6)からCC-BY 4.0に基づき転載・改変.

推定された探針形状が正しいかどうかを,先行研究9)でAFMデータにフィットさせた粗視化モデルのシミュレーション構造を使って検証した.シミュレーション構造に,推定した探針形状を用いてDilationを行って疑似AFM画像を作成し,実データとの比較を行った.画像間の相関係数を比較したところ,微分可能BTRで求めた疑似AFM画像のほうが有意に高い相関を持つことがわかった6).更に,推定した探針形状を用いてErosionを行い復元したサンプル表面を調べた結果,微分可能BTRのほうはシミュレーション構造の外形と定量的に一致することがわかった.

4.  おわりに

AFMデータ解析は非常に手間のかかる解析であり,丹念な解析をして生物物理に重要な知見を得てきたHS-AFMの研究には感服するばかりである.体系的に解析するソフト10)も開発されておりソフトウェアの力で解析の自動化が発展することを期待するとともに,特に他の構造データとの定量比較の観点で,本研究等の解析ツールが少しでも役に立てば幸いである.簡単なデモを体験できるColab notebookも公開しているので,関心のある読者にはぜひ一度試してみていただきたい:https://github.com/matsunagalab/ColabBTR

謝辞

Myosin VのHS-AFMデータを提供してくださった金沢大学の古寺哲幸教授に感謝します.また研究会等で有益なコメントいただいた名古屋大学の内橋貴之教授に感謝します.本研究はJST CREST「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」領域(JPMJCR1762)による支援を受けました.

文献
Biographies

松永康佑(まつなが やすひろ)

埼玉大学大学院理工学研究科准教授/理化学研究所計算科学研究センターユニットリーダー(兼務)

大金智則(おおがね とものり)

600株式会社エンジニア

渕上壮太郎(ふちがみ そうたろう)

静岡県立大学薬学部助教

高田彰二(たかだ しょうじ)

京都大学大学院理学研究科教授

 
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