生物物理
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特集:生命システムを読み解くアクティブマター物理学~基礎解明から機能実装まで~(後編)
ガラス様細胞質の普遍的べき乗則レオロジー
江端 宏之水野 大介
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2026 年 66 巻 2 号 p. 90-94

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Abstract

本稿では,我々が開発したフィードバックマイクロレオロジーを用いた細胞質粘弾性測定手法と,ガラス状細胞質が示す普遍的なべき乗則レオロジーについて紹介する.また,代謝活動に由来する非熱的揺らぎが細胞内レオロジーを決めることを示し,アクティブガラスのレオロジーとの関連について議論する.

Translated Abstract

The cytoplasm contains a dense population of macromolecules, dense enough that it could, in principle, undergo glass formation. However, mechanoenzymes generate active forces that randomly stir the intracellular environment, thereby preventing vitrification. This behavior, reminiscent of an active glass, is thought to regulate the cytoplasmic viscoelasticity, which is essential for intracellular processes. Yet, the impact of metabolism-driven active fluctuations on cytoplasmic rheology has remained poorly understood, largely due to experimental limitations. In this article, we report universal power-law rheology of the glassy cytoplasm, revealed by feedback microrheology, and discuss its implications in the context of active-glass physics and biology.

1. 緒言

自発的に力を生成し動き回る粒子(アクティブマター)が高密度に集まった集団のことをアクティブガラスと呼ぶ1).通常,コロイド粒子が高濃度に濃縮されると,熱揺らぎによる粒子の構造緩和が困難となり,粘性が実質的に発散するガラス転移が起こる.一方,アクティブガラスでは,アクティブ力による緩和の促進(アクティブ流動化)や,運動の持続性に由来するガラス化の促進など,従来のコロイドガラスには見られない様々な新規現象が報告されている.アクティブガラスの数値的研究は進んでいる一方,実験,特にレオロジーに関する研究は極めて限られている.本稿では,ガラス様物質の性質を示す細胞質の代謝依存的なレオロジーと,アクティブガラスとの関連について着目する.

近年,細胞骨格の間隙を満たす細胞質は,濃厚粒子懸濁液として振る舞うことが報告されてきている.細胞の種類によらず,細胞質の体積の約20~40%程度は高分子で占められている2).さらに,細胞内のタンパク質のおよそ40%は相分離によりナノスケールの凝集体を形成していると見積もられており,細胞質はナノエマルション・サスペンションであると言える3).凝集体は内部に多量の水を含むと考えられるため,細胞質の実質的な固体粒子濃度はガラス転移点近くまで達する可能性がある.実際,バクテリア細胞質において,動的不均一性やケージ効果,エルゴード性の破れなど,ガラス形成物質のダイナミクスに類似した挙動が観測されている4)

生細胞の力学を考える上でもう一つの重要な特徴として,細胞内部が強い非平衡系であることが挙げられる.細胞内では代謝活動により,ATPなどの高エネルギー分子の加水分解を通じて,モーターたんぱく質や酵素の形状変化と力生成が行われている.これにより細胞質は撹拌され,細胞内には熱揺らぎを遙に凌駕するメソ~マクロスケールの遅い非熱揺らぎ(乱雑な変形場・速度場)が生じる.

コロイドガラスにせん断などの力学的な擾乱を加えると多くの場合,粘性が低下する.同様に,生体高分子機械の生み出す非熱揺らぎも細胞質のレオロジーを制御し得る.例えば,代謝活動を行っていない細胞抽出液では,粘性が濃度に対して超指数関数的に急激に増大し(フラジャイルガラス),細胞内の生理学的高分子濃度付近で粘性が計測不能なほど高くなる.一方で,生細胞の粘性は有限の値を保ち,浸透圧縮により細胞内の高分子濃度を変えた場合,指数関数的に粘性が増大する(ストロングガラス)5).そのため,通常の細胞内における生理的な高分子濃度付近では,代謝が阻害された細胞抽出液に比べ,代謝活動をしている生細胞の粘性は何桁も低いことになる.

従来,アクティブガラスの揺らぎや流動のダイナミクスは主に数値シミュレーションにより研究されてきた.構成粒子が生成するアクティブ力が増加すると揺らぎや流動が生じ,脱ガラス化が進むと理解されてきた.つまりこれまでの知見は,細胞質がアクティブガラスであることを示唆している.しかしながら実験的制約のために細胞質レオロジーの詳細は十分に解明されておらず,代謝と非熱揺らぎ,非熱揺らぎとレオロジーの詳細な関係も未解明であった.

本稿では,我々が開発したフィードバックマイクロレオロジーを用いた細胞質粘弾性測定と,細胞質の分子混雑に由来する普遍的な粘弾性挙動について紹介する.また,細胞骨格構造,代謝活性,力学環境,細胞種などの要因のうち,代謝活性が細胞内レオロジーを決定することについても紹介したい6)-8)

2. フィードバックマイクロレオロジー

光捕捉を用いたマイクロレオロジーでは,分散したコロイド粒子にレーザーを照射し,回折光を四分割フォトダイオード(QPD)で検出する6).粒子とレーザー集光点の間の距離が十分小さい場合,QPD出力電圧は距離に比例し,校正により粒子位置を測定できる.光捕捉された粒子は集光点に向かう力を受け,その力はトラップ強度 × 距離に比例するため,集光点を動かすことで光捕捉力も制御することができる.

アクティブマイクロレオロジーでは,振動的外力を与えた際の粒子応答から媒質の粘弾性を測定する.実験では1064 nmレーザーを音響光学偏向器で振動させて外力を加え,830 nmレーザーで粒子位置を検出する.加えた力F̂(ω)と粒子変位の複素振幅û(ω)から応答関数α̃(ω)=α(ω)+iα(ω)=û(ω)/F̂(ω)を求め,粒子半径aと一般化ストークス関係式を用いて複素剪断弾性率G(ω)=G(ω)iG(ω)=1/(6πaα̃)を導出する6).複素弾性率の実部Gは貯蔵弾性率,虚部Gは損失弾性率と呼ばれる.

我々は,大きな非平衡揺らぎが存在する細胞内で,弱いレーザー光強度で高精度に光捕捉操作を実行するために,ピエゾステージを用いたフィードバックシステムを導入している(図1).水平方向の制御では,QPDで検出した粒子位置uQPDに対応する電圧信号をPIDコントローラーに入力し,積分制御ustage=1/τuQPDdtによりピエゾステージの位置ustageを動かすことで,常にレーザー焦点と粒子中心を一致させる.粒子の試料内における実際の変位 u=uQPD+ustageは,周波数領域ではû(ω)=(11/iωτ)ûQPD(ω)となり,QPDの出力ûQPD(ω)から複素剪断弾性率を算出できる(̂は正弦波信号の複素振幅を表す).

図1  フィードバックを用いた粒子追跡法の概要図.プローブレーザー(黄色)を用いて細胞中のプローブ粒子の変位を測定し,ピエゾステージの位置を制御する.プローブレーザーが常に粒子中心付近に位置するようにフィードバック制御している.

一方,パッシブマイクロレオロジーでは振動的外力を加えず,1本のレーザーを使って粒子変位uとそのフーリエ変換ũ(ω)を計測する.これにより非熱揺らぎを含む,細胞質の位置・速度揺らぎが求まる7)

細胞質に損傷を与えないレーザー光強度(約0.5 mW)では,粒子の追跡に3次元フィードバックシステムを用いることが必須である8).フィードバックを用いずにレーザーの集光位置を細胞内部のプローブ粒子中心付近に固定して,顕微鏡画像からプローブの軌跡を求めた(図2a).図2bは,図2aから求めたレーザー焦点とプローブ中心の距離の時系列である.線形な光捕捉が行える範囲は約200 nmであるために,1分以内にプローブ粒子はこの範囲から外れることが分かる.一方,フィードバック下ではステージ位置が動くことでレーザー焦点・プローブ中心間距離は常に100 nm以下に保たれ,安定的に粒子中心を追跡できている(図2c).

図2  (a)固定レーザー焦点付近のプローブ粒子の軌跡.原点にレーザー焦点がある.(b)レーザー焦点・粒子中心間距離の時間変化.1分以下で 200 nm以上動いており,レーザーは粒子をトラップできていない.(c)フィードバックを用いた場合のレーザー焦点・粒子中心間距離(x緑・y紫)と粒子の軌跡u=uQPD+uSTAGE(x青・y赤).(インセット)レーザー焦点・粒子中心間距離の時間変化の拡大図.文献8より転載.

3. 細胞骨格非依存の普遍的な細胞質レオロジー

様々な条件下のHeLa細胞の細胞質粘弾性を,フィードバックマイクロレオロジーで測定した結果を図3に示す8).プローブ粒子表面をPEGで修飾することで,粒子の細胞骨格への接着を防いでいる.

図3  (a)コンフルエント状態,アクチン阻害,柔らかいゲル上のHeLa細胞の画像.(b, c)様々な条件下の細胞質の貯蔵弾性率(b)と損失弾性率(c).青○:ガラス上コンフルエント状態.紫◇:微小管阻害.黄色▽:アクチン阻害.緑△:ビメンチン阻害.赤□:微小管阻害+ビメンチン阻害.水色▷:ガラス上孤立細胞.桃色◁:柔らかいゲル上孤立細胞.文献8より改変.

細胞骨格がレオロジーに与える影響を検討するために,サイトカラシンD,ノコダゾール,ゲノム編集を用いて,アクチン,微小管,ビメンチン骨格をそれぞれ阻害した.アクチン阻害では細胞が球状に収縮し,微小管阻害ではやや仮足が収縮するとともに核周辺に細胞質が集まる.ビメンチン阻害では細胞形状は大きく変わらないものの,細胞の大きさが小さくなっている(図3a).また,微視的力学環境がレオロジーに与える影響を検討するために,ガラスボトムディッシュ上のコンフルエント状態を通常条件としつつ,ガラスボトムディッシュ上の伸展した孤立細胞,柔らかい(~100 Pa)ポリアクリルアミドゲル上の球状孤立細胞の粘弾性も測定した.

細胞のレオロジーは,細胞骨格が主に決定すると信じられてきた.しかしながら実際に計測してみると,細胞骨格の発現条件を様々に操作しても細胞のレオロジーに殆ど変化は現れなかった(図3).しかも,計測結果は非常に広い周波数領域(0.1~105 Hz)において,貯蔵弾性率G,損失弾性率Gともに周波数の0.5乗に比例する特徴的なべき乗則を示した.つまり,GGの値はほぼ一致をしており,G=G1(iω)0.5で表される周波数のべき乗則に従う.

0.5乗レオロジーは細胞種が変わっても現れる.MDCK細胞,ES細胞にて同様に細胞質粘弾性の測定を行ったところ,べき関数の係数G1は細胞種依存性があり,ES,HeLa,MDCK細胞の順に大きくなるものの,べき指数は0.5で共通であった.このような細胞種に共通する0.5乗レオロジーは金ナノ粒子を用いた蛍光相関分光法においても報告されている9)

細胞骨格阻害により粘弾性が大きく低下しないことから(図3),我々の実験では骨格間隙の細胞質の粘弾性を測定していると考えられる.また,骨格間隙を満たす細胞質はただの液体ではなく,固体と液体のちょうど中間の粘弾性流体として普遍的に振る舞うことが分かった.このような広い周波数にわたるべき的レオロジーはエマルションのジャミング転移点やゲル化点の直上で現れる臨界的な振る舞いに類似している10)

4. 代謝依存的細胞質レオロジー

アクティブガラスでは非熱的揺動(アクティブ力)の大きさが低下すると,ガラス化し固化するとともに降伏応力が現れることが報告されている.そのため,細胞がアクティブガラスとして振る舞うのならば,代謝を抑制し細胞質の非熱的揺らぎが低下すると固化すると予想される.そこで,アジ化ナトリウムとデオキシDグルコースを用いて電子伝達系・解糖系を阻害することでATPを枯渇し,代謝を抑制した細胞に対し粘弾性測定を行った.その結果,代謝抑制細胞では損失弾性率は変化しない一方,貯蔵弾性率の低周波成分が有意に上昇し,弾性プラトーを示すことが分かった(図4a).これは代謝抑制により細胞質が流動性を失い固化していることを示す.また,このような粘弾性G=G0+G1(iω)0.5はジャミング転移後のエマルションにおいても報告されており,代謝の抑制に伴う非熱揺らぎの低下がガラス・ジャミング転移を誘起した可能性を示唆している.

図4  (a)細胞質粘弾性の代謝依存性.代謝抑制により,低周波領域の貯蔵弾性率が有意に上昇し,弾性プラトーが現れる.文献8より転載.(b)細胞質の揺らぎṽ(ω)2の代謝依存性.色を付けた領域で搖動散逸定理が破れている.

次に,代謝抑制により細胞質の非熱揺らぎが低下しているか検証を行った7).まず,プローブ粒子の速度揺らぎを測定するパッシブマイクロレオロジーにより,細胞質の速度揺らぎのパワースペクトル密度ṽ(ω)2を求めた(図4b実線).一方,アクティブマイクロレオロジーから測定した応答の虚数部分αと搖動散逸定理を用いることで,細胞質の熱揺らぎ2ωkBTαを推定できる(図4b●,▲).ṽ(ω)2は熱揺らぎと非熱揺らぎの和となるため,ṽ(ω)22ωkBTαが非熱揺らぎの大きさとなる(図4b影の領域).図4bより,揺動散逸定理は高周波側では成り立ち,1Hz程度以下の領域で非熱揺らぎが顕著に存在することが分かる.また,代謝抑制により,ṽ(ω)22ωkBTαはどちらも低下し,通常細胞に比べて非熱揺らぎは1/100~1/10まで小さくなっていることが分かる.これまでの結果は,非熱揺らぎの大きさが低下することで細胞質が固化することを示唆している.

5. 結言

今回細胞質にて普遍的に観測された,0.5乗のべき的レオロジーと,非熱揺らぎ依存的に現れる弾性プラトーはアクティブガラスに典型的なレオロジーなのであろうか?我々は濃厚遊走バクテリア懸濁液のレオロジー測定も行っており,0.5乗のべき的レオロジーと,バクテリアの遊走性に依存した弾性プラトーを観測している11).非熱揺らぎを有するコロイドガラスの数値計算においても同様の結果が報告されており12),細胞質がアクティブガラスとして振る舞うことを支持している.アクティブガラスのレオロジーの研究は未だ少なく,今後,非熱揺らぎによる液体・固体転移のメカニズムなど,実験・数値計算を通してより詳細な解析が必要である.

文献
Biographies

江端宏之(えばた ひろゆき)

大阪大学准教授

水野大介(みずの だいすけ)

九州大学教授

 
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