従来の人工分子モーターは,自然界のモータータンパク質に比べ運動速度が遅いことが課題であった.著者らは一粒子追跡実験と運動シミュレーションに基づき,最速の人工分子モーターであるDNAナノ粒子モーターのボトルネック過程を特定・改善し,モータータンパク質に匹敵する運動速度と走行距離を初めて実現した.

分子モーターは,化学エネルギーを力学エネルギーに変換する超小型の動力装置である.自然界のモータータンパク質は細胞内物質輸送や鞭毛の回転など多様な生体機能を担い,その運動機構に関する研究が数多くなされてきた.一方,モータータンパク質の研究に触発され,人工的に分子モーターを設計する研究が近年行われている.特にDNA分子を用いた人工分子モーターは,塩基配列特異性に基づく結合・解離反応の設計自由度の高さから有望視されている.一例として,足場となるRNAレール上を歩行するDNAウォーカーが挙げられる1).DNAウォーカーは自身の構造内にRNA分解酵素を含み,結合した足場RNAを切断し次の足場へ乗り移るBurnt-bridge Brownian Ratchet(BBR)機構により運動する.BBRはモータータンパク質のキチン分解酵素にも見られる運動機構である2).
一方,既存のDNA人工分子モーターは運動速度が遅いという欠点がある.例えばDNAウォーカーの運動速度は約0.1 nm/sだが,これは10-1000 nm/sの運動速度を有する生体分子モーターに比べ約1000倍遅い.この欠点を克服する取り組みにおいて現在最も成功している人工分子モーターが,DNA修飾金ナノ粒子およびRNA修飾基板から構成されるDNAナノ粒子モーターである3).DNAナノ粒子モーターは,分解速度が相対的に速いRNA分解酵素(RNase H)を採用することにより,運動速度は人工モーターでは最速の約1 nm/sまで向上した.しかし,依然としてモータータンパク質と伍する速度は実現していない.
本研究では,既存の最速の人工分子モーターであるDNAナノ粒子モーターに着目し,運動のボトルネックを特定・改善することにより運動速度を高速化することを目的とした.
DNAナノ粒子モーターは,レールとなるRNAを分解しながら前進するBBRモーターである.具体的には図1のように(1)ナノ粒子上DNAとRNAレールの二重鎖形成(2)RNA分解酵素(RNase H)の結合(3)RNAの分解・解離(4)モーターの拡散過程の共役により動作する.我々はこの(1)~(4)において最も遅い過程,すなわちボトルネックを特定・改善することが,高速化における最も合理的なアプローチと考えた.

まず,DNAナノ粒子モーターの運動素過程を解明するため,全反射型暗視野顕微鏡による一粒子追跡を実施した.モーターを構成する金ナノ粒子は強い散乱シグナルを示すため,散乱イメージングにより高速・高精度な一粒子追跡が可能となる(図2a)4).

結果として,DNAナノ粒子モーターは一時的な停止(ポーズ)と瞬間的な移動(ステップ)を繰り返して運動することが初めて明らかになった(図2b).また,ステップサイズは約20 nmとモータータンパク質と同等な一方,停止時間は約70秒と非常に長いことが分かった.従って,ステップに対応するDNAナノ粒子モーターの拡散過程は十分速く,停止に対応する化学過程にボトルネックが含まれることが分かった.
次に,化学過程に含まれる酵素結合反応を加速させるため,酵素濃度を増加させる実験を行った.結果として,停止時間は短縮,ステップサイズは一定となり,運動速度は最大で100 nm/sまで増加した(図3a).このことから,酵素結合過程が運動のボトルネックであることが判明した.しかし一方で,高濃度の酵素条件では高速化の代償として,基板からの脱離が促進され走行距離が短縮してしまうことが分かった(図3b).具体的には運動速度10 nm/sを境に走行距離は約3 μmから600 nmまで低下した(図3c).他方で,自然界のモータータンパク質は高速な運動と1 μm以上の走行距離を両立している.DNAナノ粒子モーターにおける運動速度と走行距離のトレードオフの原因を究明するためには,化学過程の進行とモーターの運動がどのように共役しているのかを詳細に解明する必要がある.

化学過程の進行とモーターの拡散の共役機構を可視化するため,幾何学的速度論モデルに基づく運動シミュレーションを開発した(図4a).幾何学モデルとして,DNAの長さとナノ粒子の形状から計算される基板への接触領域を定義した.接触領域内のDNA/RNA分子間において,二重鎖形成,RNA結合,RNA分解の逐次反応を確率的に進行させた.本構成により,実験で観察されたDNAナノ粒子モーターのステップ運動を再現することに成功した.シミュレーションから示唆された運動機構を図4bに示す.まずステップ直後,モーター上DNAと未反応RNAの二重鎖形成が進行し,モーターが固定される(i-ii).次に,RNase H結合およびRNA分解が進行する(ii-iii).二重鎖のサイト数が減少するとモーターの束縛が解かれステップが起きる(iii-iv).ブラウン運動自体はランダムであるが,モーターの後方のRNAはすでに分解されているため,モーターは後方以外の未反応RNAと接触した場合のみ再び二重鎖形成し,前進する.

次に,実験から得られた停止時間とステップサイズのRNase H濃度依存性データを用いて,各化学過程の速度定数を最適化した.速度定数の探索範囲は,バルク蛍光計測の結果を参照して設定した.最適化の結果,RNase Hが高濃度の条件では,運動のボトルネック過程がRNase Hの結合からDNA/RNAの二重鎖形成に切り替わることが明らかとなった(図5a).このことから,運動速度と走行距離のトレードオフは図5bのモデルにより説明される.RNase H低濃度の領域では,形成中の二重鎖へのRNase H結合よりも新たなRNAとの二重鎖形成の方が速く進行するため,モーターは持続的に運動できる.一方,RNase H高濃度では新たな二重鎖が形成する前に形成中の二重鎖の分解が進行するため,モーターが基板から脱離しやすくなる.

図5のモデルから,トレードオフの改善には二重鎖形成速度(konDNA/RNA)の増加が重要であると推測される.実際に,konDNA/RNAを仮想的に4倍増加させたシミュレーションを行ったところ,トレードオフが改善される予測が得られた(図6a).この予測に基づき,konDNA/RNAの増加を目指した塩基配列の再設計を行った.再設計の指針としてGC含有率の増加および反復配列を導入し,バルク蛍光計測によりkonDNA/RNAが3.8倍向上した配列を見出した(図6b).この配列を用いてモーターを作製し一粒子追跡実験を行った結果,シミュレーションの予測を再現するようにトレードオフが改善された.最大の酵素濃度条件では,30 nm/sの運動速度と3 μmの走行距離が同時に実現された.この性能は天然のモータータンパク質に匹敵し,ナノサイズの人工分子モーターとしては過去最高となる5).

本研究では,ボトルネックの特定・改善により,モータータンパク質に匹敵する運動速度と走行距離をナノサイズの人工分子系で初めて実現した.
真に生体分子に匹敵する人工分子モーターの実現に向けた次の課題は,完全な運動一方向性の獲得である.既存のDNAナノ粒子モーターは等方的な構造と二次元RNA修飾表面から構成されている.BBR機構により後退運動は抑制されるものの,モーターは前方だけでなく左右方向への方向転換も可能であるため,運動一方向性は不完全である.我々は,完全な一方向性を実現するため,モーターとレールの形状に異方性を付与する設計を進めている.モーターについては基礎構造をナノ粒子からナノロッドに変更し,レールについてはDNAナノテクノロジーを活用してRNA修飾DNAナノチューブの設計に取り組んでいる.
人工分子モーターは,使用する分子や構造の設計自由度が高い,熱安定性が高い,水以外の有機溶媒中でも働けるといった,モータータンパク質が持たない多くの利点を有する.そして高速・長距離走行・高い一方向性の人工分子モーターを実現することで,例えば,モーターの動きで演算を行う分子コンピューターや,感染・疾患分子をモーターの動きにより検出するセンシング技術の実現などが期待される.