びわこ健康科学
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原著論文
多系統萎縮症患者の作業療法前後における上肢運動失調とTrail Making Testとの関係性の変化
園田 悠馬脇田 喜芳西岡 貴志
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2024 年 3 巻 p. 15-21

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Abstract

最近,小脳型の多系統萎縮症(MSA-C)に対する集中作業療法(OT)によって,Scale for the Assessment and Rating of Ataxia(SARA)の上肢項目とTrail Making Test(TMT)が改善することと,TMTはMSA-C患者の上肢機能と注意機能を同時に測定しうることを既に報告した.しかし,上肢運動失調と注意機能の改善の関係性は不明である.そこで本研究では,OT前後におけるSARA上肢項目とTMTとの相関関係の変化を分析することとした.診療記録から,MSA-C患者12名(平均62歳)を解析対象とし,スピアマンの順位相関分析を行った.結果,集中OT前後ともに,SARA上肢項目とTMTパートAとBの差(TMT-D = B-A)との間に正の統計学的有意な相関関係を示した(P < 0.05, ρ (rs) > 0.4).なかでも,OT前における手の回内外運動とTMT-Dの相関係数が最も高く(rs = 0.87),年齢を制御した順位偏相関分析でも強い相関がみられた(rs = 0.71).したがって,MSA-C患者でも,TMT-Dは注意機能・実行制御能力とともにパーキンソニズムを含む手や目の運動失調を評価できることが示唆された.本研究結果は,自動車運転の評価やアイトラッキング版TMTを開発するための重要な情報を提供するものである.

Translated Abstract

We have recently reported that intensive occupational therapy (OT) for multiple system atrophy of the cerebellar type (MSA-C) patients improves the upper extremity items of the Scale for the Assessment and Rating of Ataxia (SARA) and the Trail Making Test (TMT). Additionally, TMT may simultaneously measure upper extremity and attention function in patients with MSA-C. However, the relationship between improved upper extremity ataxia and improved attention function is unclear. Here, we aimed to analyze the changes in the correlation between SARA upper extremity items and TMT before and after intensive OT. The medical records of 12 inpatients with MSA-C with a mean age of 62 years were reviewed and included in this study. There was a positive, statistically significant Spearman’s rank correlation (P < 0.05; ρ [rs] > 0.3) between the SARA upper extremity items and TMT part B minus part A (TMT-D) before and after intensive OT. Among them, especially before OT, the correlation coefficient between hand pronation/pronation movements and TMT-D was the highest (rs = 0.87), and a strong correlation was found in the age-controlled rank partial correlation analysis (rs = 0.71). The results suggest that TMT-D can assess attentional/executive control abilities with hand and eye ataxia, including parkinsonism, even in patients with MSA-C. Our findings provide important information for evaluating the drive and for developing the eye-tracking version of TMT.

序論

多系統萎縮症(multiple system atrophy: MSA)は,被殻,線条体黒質,オリーブ橋小脳を含む中枢神経系の複数の領域におけるグリオーシスと神経細胞死を特徴とする孤発性・進行性の神経変性疾患で,オリゴデンドロサイト及びニューロンの細胞質におけるミスフォールドと凝集したα-シヌクレインの封入体が組織病理学的特徴である[1].MSAは起立性低血圧や排泄障害などの自律神経症状,パーキンソニズムあるいは小脳性運動失調を主とした運動症状,認知障害や気分障害などの非運動症状を臨床的特徴とし[1, 2],欧米に多いパーキンソニズムが優位な臨床病型(MSA-P)と日本に多い小脳症状が優位な臨床病型(MSA-C)とに分類される[3].そして進行例では,パーキンソニズムが優勢となり,activities of daily living(ADL)やquality of life(QOL)の著しい低下を呈する[1, 4].現在,MSAの根本的治療が存在せず,レボドパに反応しにくいパーキンソニズムあるいは小脳性運動失調と自律神経症状の組合せ症状並びにADL障害やQOL損失への対症療法として,リハビリテーションが最良の選択肢となる[59].最近,著者らは,MSA-Cなどの脊髄小脳変性症患者に対する入院中の集中リハビリテーションによって,運動失調及び認知機能,健康関連QOLが改善することを報告した[10, 11].特に作業療法(occupational therapy: OT)では,上肢機能と注意機能へのアプローチに着目し,双方を同時評価できうるツールであるtrail making test(TMT)[1215]の改善も明らかにした[16].しかしながら,MSA-C患者に対するOT後の上肢機能や注意機能の向上は,疾患特性から一時的であり,退院時・退院後の定期的又は継続的な進行に合わせた治療・指導・援助の提供が課題である.

MSA患者では前頭機能障害や鬱といった非運動症状によって注意・遂行機能障害が頻繁にみられる[17].注意機能は認知機能の基盤であり,その障害は様々なADL動作を阻害する.実際に,高齢者や神経疾患患者などの転倒や自動車運転事故には,運動能力的側面だけではなく注意分散能力といった認知的側面も関与することが知られており,注意機能におけるリスク評価としてTMTがよく用いられる[1822].また,高齢発症のMSA患者では,数年間での歩行不能や死亡のリスクが高い[23].したがって,MSA患者においても,TMTによる転倒や運転事故,誤嚥を含むADL動作のリスク評価が,退院時指導などに役立つ可能性が示唆される.さらに,近年,電子版TMTの開発が試みられており[24, 25],アイカメラを用いた視線計測[26]やタッチペンを用いた筆跡計測が臨床場面でも可能になりつつあり,目と手の運動失調や認知障害を呈するMSA-Cなどの脊髄小脳変性症患者に対し,電子版TMTは有用なアウトカムかつ詳細な評価法,リハビリテーション治療となりうる.しかしながら,上述したMSA-C患者に対するOT後のTMT改善[15]は,上肢機能又は注意機能の片方の向上に依存しているかもしれず,TMTの改善と上肢運動失調の改善の関係性には精査の余地がある.さらに,TMTは,主に視覚認知能力を評価するパートA(TMT-A)と,主にワーキングメモリを評価するパートB(TMT-B)があるが[1215],運動失調レベルとTMT-AまたはTMT-Bの所要時間との関係性の差違も不明であり,MSA-C患者のTMT結果をより良く解釈するための更なる研究が望まれる.

そこで本研究では,MSA-C患者に対する在宅生活維持のための安全面の指導への活用を目的としたTMTを用いたリスク評価並びに電子版TMTの開発に向けた妥当性を模索するため,OT前後でのMSA-C患者の上肢運動失調とTMTの相関を分析し,MSA-C患者におけるTMTのパートごとの特性を明らかにすることとした.

方法

1. 研究デザインおよび倫理的配慮

本研究は,単施設での診療記録を用いた後ろ向き研究である.ヘルシンキ宣言を順守し,匿名性,倫理性に十分配慮した上で,滋賀医科大学倫理委員会の承認(番号:30-057)を得て実施した.なお,対象者並びに家族へのインフォームドコンセントは,主治医の外来診察時に,集中リハビリテーションのための入院を希望した者に対し事前に行われた.また,退院後も,ホームページ上で研究についての情報を通知・公開し,オプトアウトにより対象者に拒否の機会が与えられた.

2. 対象

本研究の対象者は,2016年9月から2018年6月の間,滋賀医科大学医学部附属病院に入院し,脊髄小脳変性症のうちMSAと診断され,OTを含む集中リハビリテーションを受けたMSA-C患者である.そのうち,認知症の診断がある者を除外した12名を解析対象とした(Table 1).

Table 1 

Patient characteristics

MSA-C patients (N = 12) Pre-intervention Post-intervention P-value
Sex (male/female) 5 (41.7%)/7 (58.3%) N/A
Age (years) 62.3 ± 10.1 (47–78) N/A
SARA-UE [pt] Total score 3.75 ± 2.03 (1.00–8.00) 3.00 ± 1.72 (1.00–5.00) 0.021*
Finger chase 1.00 ± 0.80 (0.00–2.50) 0.75 ± 0.58 (0.00–2.00) 0.109
Nose-finger test 1.13 ± 0.71 (0.00–2.00) 0.79 ± 0.62 (0.00–1.50) 0.075
Hand movements 1.63 ± 0.88 (0.50–3.50) 1.46 ± 0.84 (0.00–3.00) 0.234
TMT [s] TMT-A 78.00 ± 50.27 (30.00–217.00) 75.42 ± 61.39 (32.00–261.00) 0.209
TMT-B 170.67 ± 84.90 (74.00–370.00) 152.50 ± 99.92 (60.00–422.00) 0.028*
TMT-D (B-A) 92.67 ± 50.70 (26.00–185.00) 77.08 ± 53.98 (19.00–167.00) 0.028*

Scores indicate “mean ± standard deviation (min–max)” in pre- or post-Occupational Therapy.

*Statistically significant by Wilcoxon signed-rank test.

MSA-C, multiple system atrophy of the cerebellar type; SARA-UE, Scale for the Assessment and Rating of Ataxia-upper extremity items (finger chasing, finger to nose, and fast alternating movements) total score; TMT, Trail Making Test (part A: TMT-A, part B: TMT-B, TMT-B minus TMT-A: TMT-D).

3. 作業療法

上肢障害,ADL障害,視空間認知機能に対して,平日の週5回,1回/日につき40分~60分,4週間にわたりOT(上肢エルゴメーター,上肢筋力増強訓練,上肢協調性訓練,食事動作や書字などのADL訓練,パズル)が入院集中リハビリテーションの中で施行された[10, 16].一般化できる様に,重錘,セラピーパテ,ペグといった代表的なOT器具を用いたプログラム構成となっている[16].また,退院時に,座位での上肢運動やADL動作などの患者個々に合わせたホームエクササイズが指導され,転倒や運転などに関するADLの安全面に対する指導が行われた[16].なお,下肢障害と立位バランス障害に対する理学療法(下肢エルゴメーター,下肢筋力増強訓練,バランストレーニング,歩行訓練)[10],構音障害と嚥下障害に対する言語聴覚療法(構音訓練,嚥下訓練)[11]が並行して施行された.

4. 評価項目

診療記録から,診断名と性別,OT介入時の年齢,OT介入前後のScale for the Assessment and Rating of Ataxia(SARA)[27]と日本語版TMT(TMT-J:日本高次脳機能障害学会)を抽出し,SARAの上肢項目(指追試験・鼻指試験・回内回外)[28]の合計点(SARA-UE)[16],TMT-A,TMT-B,TMT-D(= B-A)の所要時間を算出した.全ての評価は入院時(開始日:OT介入直前)と退院時(最終日:OT介入直後)に行われた.なお,SARAスコア(運動失調レベル)とTMT時間(注意・遂行機能パフォーマンス)はいずれも高値であるほど悪い状態を示す.また,脊髄小脳変性症患者の治療におけるSARA総得点(歩行,立位,座位,言語障害,SARA-UE,踵脛試験)への有効性は平均1.0点/年とされる[29].ただし,MSA-C患者におけるSARA-UE及び各TMTのminimal clinically important difference(MCID)は確立していない.

5. 統計解析

SARA-UEと各TMTとの関係を明らかにするため,OT介入前とOT介入後において相関分析を行った.症例数の少なさから非正規分布を仮定し,スピアマンの順位相関係数ρ (rs)を算出した.また,TMTは年齢の影響が大きく,年齢はTMT結果のおよそ3割を説明するとされ[12],年齢を制御変数とした偏順位相関係数も算出した.なお,rsが0.4以上で中等度の相関・0.7以上で強い相関があると判断した.さらに,SARA-UE及び各TMTのOT介入前後の差をウィルコクソンの符号順位検定にて分析した.全ての統計解析は,有意水準(P)を5%(両側P < 0.05)とし,SPSS Statistics ver. 26 for Windows(IBM Japan, Tokyo, Japan)を使用した.

結果

1. 患者特性

研究対象(MSA-C患者12例)は,男性5例:女性7例,平均年齢62歳(47歳~78歳)であった.OT介入前又はOT介入後におけるSARA-UE [点] 及び各TMT [秒] の平均値±標準偏差をTable 1に示す.OT介入前から介入後において,SARA-UEで3.75 ± 2.03点から3.00 ± 1.72点(P = 0.021),またTMT-Bで170.67 ± 84.90秒から152.50 ± 99.92秒(P = 0.028),TMT-Dでも92.67 ± 50.70秒から77.08 ± 53.98秒(P = 0.028)への有意な改善を示した(Table 1).

2. TMTとSARA-UEの相関

OT介入前において,SARA-UEとTMT-B(rs = 0.579, P = 0.049)又はTMT-D(rs = 0.696, P = 0.012)に有意な相関を認めたが,TMT-A(rs = 0.291)との間には相関を認めなかった(Table 2).また,SARA-UE下位項目と各TMTでは,指追試験と全てのTMT(rs = -0.045~0.382)において相関を認めなかったが,鼻指試験とTMT-B(rs = 0.655, P = 0.021)及びTMT-D(rs = 0.652, P = 0.021),回内回外とTMT-B(rs = 0.812, P = 0.001)及びTMT-D(rs = 0.865, P < 0.001)において有意な相関を認めた(Table 2).

Table 2 

Correlation between SARA-UE score and TMT time

Pre-intervention Post-intervention
SARA-UE Finger Nose Hand SARA-UE Finger Nose Hand
TMT-A 0.291 (-0.096) -0.045 (-0.364) 0.410 (0.192) 0.471 (0.084) 0.118 (-0.152) -0.211 (-0.313) 0.168 (-0.032) 0.309 (0.051)
TMT-B 0.579* (0.236) 0.165 (-0.220) 0.655* (0.535) 0.812** (0.589) 0.448 (0.208) 0.185 (0.181) 0.458 (0.313) 0.419 (0.064)
TMT-D 0.696* (0.469) 0.382 (0.158) 0.652* (0.529) 0.865*** (0.711*) 0.592* (0.467) 0.366 (0.506) 0.555 (0.495) 0.505 (0.198)

Scores indicate Spearman’s rank correlation coefficient (partial rank correlation by age).

*, P < 0.05; **, P < 0.01; ***, P < 0.001

SARA-UE, Scale for the Assessment and Rating of Ataxia-upper extremity items (finger chasing, finger to nose, and fast alternating movements) total score; TMT, Trail Making Test (part A: TMT-A, part B: TMT-B, TMT-B minus TMT-A: TMT-D).

OT介入後において,SARA-UEとTMT-D(rs = 0.592, P = 0.043)に有意な相関を認めたが,TMT-A(rs = 0.118)又はTMT-B(rs = 0.448)との間には有意な相関を認めなかった(Table 2).また,SARA-UE下位項目と各TMTでは,指追試験・鼻指試験・回内回外の全てが各TMT(rs = -0.211~0.555)との間に相関を認めなかった(Table 2).

一方,年齢を制御変数とした偏順位相関分析では,SARA-UEと全てのTMT変数において相関は認めなかったが,SARA-UEの項目別ではOT介入前における回内回外とTMT-D(rs = 0.711, P = 0.014)との間のみに有意な相関を認めた(Table 2).

考察

本研究では,我々の先行研究[16]と同様に,MSA-C患者に限定しても,集中OTはSARA-UE,TMT-B,TMT-Dを改善させることが示された.この1ヵ月間でのSARA-UEの改善度は,治療による1年間のSARA総得点の進行抑制効果[29]に匹敵する.しかしながら,MSA-C患者におけるTMTのMCIDは確立しておらず,統計学的かつ臨床的に重要な改善か否かは不明である.一方で新たに,OT介入前後のSARA-UEの変化において,TMT-A及びTMT-Bに比べ,TMT-Dが最も相関係数が高いことが明らかとなった.MSA-C患者の前頭葉機能について,TMT-A以上にTMT-Bの成績が悪化することが特徴であると報告されている[30].TMTは前頭葉機能検査の一つであるが,主として,TMT-Aは視覚認知能力を必要とし,TMT-Bはワーキングメモリとタスク切り替え能力を反映し,TMT-Dは視覚認知能力とワーキングメモリの抑制から実行制御能力の比較的純粋な指標を提供するとされる[13, 14].また,MSAは,高齢層での有病率が比較的高く[3],本患者においてもTMTの所要時間は年齢の影響が大きい[12]と考えられる.本研究では,年齢を制御変数とした偏順位相関では,SARA-UEの合計点と全てのTMTの所要時間に有意な相関関係はみられなかった.一方で興味深いことに,SARA-UEの項目別の偏順位相関では,OT介入前の回内回外(手の素早い変換運動)とTMT-D(実行制御能力)においてのみ有意な相関関係がみられた.MSA-C患者では,運動失調の進行例(SARA高値)であれば,随伴して前頭葉機能の低下(TMT所要時間の増加)がみられることが推測される[30].また,手の回内回外の変換反復運動は系列的であり,本研究の対象者のように何らかのADL障害を認める進行例では,上肢の運動失調よりもパーキンソニズムの顕著化[1]と前頭葉機能の中でも実行制御能力の低下を反映している可能性がある.総じて,MSA-C患者において,疾患の重症度の代表値であるSARA-UE又はSARA-UEと有意な相関関係があるTMT-BやTMT-Dは,上肢の運動失調とともに前頭葉機能の経時的な評価から,疾患や障害の進行やOT効果を予測しうることが示唆される.さらに,TMTの評価を使い分けることで退院後のADL指導やADL自立の指標となる可能性があり,特にMSA-C患者のTMT-Dでは,上肢の運動失調とともに実行制御能力の評価,要するに転倒予防や自動車運転事故防止といった運動面と認知面の複合的パフォーマンスの指標となりうることが示唆される.このように,MSA-C患者に対するTMTによる認知障害などのスクリーニングの感度は高いと予想される.

MSA-Cでは,目と手の協調障害とともに実行制御能力や安全性判断力の低下を有することが多いため,転倒や自動車事故のリスクが高い.TMTと自動車運転技能に関して,神経疾患患者では,Motor-Free Visual Perception Testに比べ,TMT-Bは路上評価の合否について予測精度が高いとされ[22],自動車運転では運動パフォーマンスを伴う検査がより有用であることが示唆される.TMTを用いた運転事故のカットオフ値は,脳卒中患者ではTMT-Bで 90秒[19],高齢者あるいは認知機能障害を有する者ではTMT-A > 48秒又はTMT-B > 108秒であり[20],エラー数ではなく検査の速度(所要時間)の方が運転適性の決定力は高い[21]との報告がある.近年では,アイトラッキング版のTMT(眼球運動測定)を含めることによって,TMT結果をより具体的に解釈でき,正確な診断が可能になることが示唆されている[25].MSA-Cなどの脊髄小脳変性症患者では,眼振と運転を含む視覚関連QOLが低下しており[31],本研究結果からも,各TMTスコアまたは電子版TMTは,MSA患者の転倒予防や自動車運転に対しても有用な評価法となることが期待される.現在,ADL動作の安全確保,延いては在宅生活の継続に関する退院時指導などに寄与すること,手や音声の障害があっても実施可能な認知機能検査として確立すること目的に,我々も電子版TMTの開発と調査を進めている.今後,年齢層別に[12],標準値やカットオフ値を調査していく必要がある.

本研究の限界と課題

本研究は,希少な難病患者を対象としており,少数での結果である.また,単施設かつ特定機能病院の入院患者を対象としており,重症度の高い患者などへの偏りといった選択バイアスが存在するため,結果を一般化することが困難である可能性がある.今後,多施設共同研究による症例集積と,在宅における転倒や運転などの追跡調査が必要である.また,MSA-C患者において,OT介入後にTMT-BとTMT-Dの時間短縮を認め,MSA患者における自動車運転について,OTの介入効果や各TMTスコアまたは電子版TMTを用いたスクリーニング検査に関する将来の大規模な研究が望まれる.

結語

本研究は,MSA-C患者における集中OT前後の診療記録を用いて,SARA-UEとTMTの関係性について分析した.集中OTはMSA-C患者に限定してもSARA-UE並びにTMT-B及びTMT-Dを改善させ,SARA-UEとTMTの相関分析の中では手の回内外運動とTMT-Dの相関係数が最も高いことを明らかにした.したがって,MSA-C患者に対するTMT-Dは,手のパーキンソニズムを含む運動失調とともに視覚性の注意機能及び前頭葉の遂行機能の経時的なパフォーマンス評価に適していることが示唆された.今後,TMTに眼球運動測定(アイトラッキング)と実行制御能力測定(TMT-D)を含めることで,これらの精査が可能になるであろう.

謝辞

本研究の対象者の方々をはじめ,ご支援頂いた滋賀医科大学医学部附属病院のスタッフ各位に,この場を借りて深甚なる謝意を示す.

〔利益相反〕本研究において,筆頭著者および共著者全員に,利益相反(COI)は存在しない.

文献
 
© © びわこリハビリテーション専門職大学
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