神奈川県立歴史博物館 [日本]
1997 年 1997 巻 23 号 p. 53-64
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大宝律令施行(七○一、二年)後の、平城宮を中核とした中央集権体制は、各国に国府を置いて地方統治の拠点にした。その拠点となる国府の設置は、和銅から養老年間(七○八〜七二三年)にかけての八世紀第1四半期であったとみられている。国府以前にも国評里制に基づく評家があったとされるが、その実態はまだ定かでない。
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