分析化学
Print ISSN : 0525-1931
有機試薬としてのイオウ化合物の応用
田中 久
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1961 年 10 巻 2 号 p. 199-204

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抄録

従来有機試薬として使用されている化合物は,ほとんどがキレートあるいは錯体生成能を有する化合物であって,金属イオンとキレートあるいは錯体を生成することによって定性,定量,抽出などの目的に用いられている。一般に錯体を生成するための配位原子は窒素,酸素,イオウであり,それらを含む原子団の種類およびその組み合わせにより種々の形の錯体生成剤があるが,そのうち2,2'-ジピリジル,ο-フェナントロリンのようなN,N配位型,オキシンのようなN,O配位型,β-ジケトンのようなO,O配位型のものは多数知られており,錯体の安定度,構造およびそれらと試薬の化学構造との関係などの基礎的研究,分析化学への応用研究が広くおこなわれている.それに比べてイオウを配位原子とする形の化合物については,基礎研究,応用研究とも比較的少なく,かつそのなかでも大部分はS,N配位型のもので,S,O配位型,S,S配位型のものについてはわずかの例を見るにすぎず,組織的な研究もなされていない.しかしながらキレート生成能という点からみて,一般にイオウ化合物は対応する酸素化合物と比較すると,非常に異なった挙動を示すことが予想され,有機試薬としても有用なものがそのなかから見出される可能性が大きい. Schwarzenbach は錯化剤の構造とその錯体の安定度についての総説のなかで,イオウが配位にあずかる有機試薬は一般にかなり選択性が強く,またかれのEDTA誘導体の一連の研究のなかで,メチレン鎖のなかにイオウ,酸素,窒素などの原子を入れると,メチレン鎖の長さが増大するにもかかわらずあまり安定度は低下しないということを記しているし,terminal ligand atomとしても,またlinking ligand atomとしてもイオウを入れるということは,試薬の選択性,鋭敏度,錯体の安定度などの点からみて,非常に興味あることと考えられる.このようにイオウ化合物は有機試薬として,重要な意義を有しているにもかかわらず,その研究が少ないのは,対応する酸素化合物に比べて合成がかなり困難なことにも原因があると思われる.以上のような観点から,従来のイオウ化合物の有機試薬としての応用に関する文献を集め,その現況をみて,将来における発展の動向,可能性などについて考察する資料としてみたいと思う.イオウ化合物のなかでもジチゾン,ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム,チオ尿素というような,詳細に研究されている試薬については多くの文献があり,また種々の成書にも詳しいので,本稿ではこれらのものは除外し,むしろまだそれほどポピュラーでないもの,または将来試薬としての利用が考えられる可能性のあるものなどに重点をおき,イオウ化合物を大体その官能基の種類によって分類して記すこととする.

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© The Japan Society for Analytical Chemistry
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