赤外吸収とラマン散乱は相補な測定法としてよく知られているが,この相補性は凝縮系において数 cm−1(約100 GHz)以下では一般に成り立たなくなる.相補性が成り立つためには,振動モードを量子論的に扱った時に離散的なエネルギー準位が決まることが必要である.相補性が破れていることは,エネルギー準位が連続になっていることを意味する.赤外・ラマンの選択則に基づいてスペクトルの帰属が可能なのは数十 cm−1(約1 THz)以上の領域に限られる.
ダイオキシン類対策特別措置法に基づき,各地方公共団体では,公共用水域や大気中のダイオキシン類を測定し,影響の把握に努めている.一方,環境影響を評価する上で,大気降下物も重要な要素と考えられるが,その調査事例は少ない.見かけ上の降下速度を求めることができれば,大気の常時監視結果からダイオキシン類の降下量を見積もることが可能である.そこで,大気中及び大気降下物中のダイオキシン類を測定し,汚染源ごとにダイオキシン類の降下速度を推定した.その結果,燃焼及びペンタクロロフェノール製剤に由来するダイオキシン類の降下速度の平均は,それぞれ0.15 cm s−1,1.7 cm s−1であった.汚染源によって降下速度が異なる要因の一つとしては,ダイオキシン類が付着している粒子による影響が考えられた.
本研究では,パージ・トラップ(PT)法を応用して7種の揮発性メチルシロキサン(VMS)の魚類分析法を検討した.PT法を用いる前処理条件を最適化し,得られた一連の分析における方法の検出下限及び定量下限は,0.3〜0.8 ng g−1 ww及び0.8〜2.6 ng g−1 wwの範囲であった.さらに,開発した分析法の評価として,河川及び海域から収集した魚類試料を分析し,脂質含量で約15% までの試料に適用可能と示された.魚類中VMSの総濃度は,4.7〜10300 ng g−1 wwの範囲でD5が支配的であり,下水放流口付近の魚類から最高濃度が検出された.全魚類試料から得られた生物蓄積係数の範囲は,一部のVMSを除き高濃縮性の基準と重なるかこれを超えており,これらの化合物が高い生物蓄積能を有すると示唆された.本研究は,我が国の河川環境における魚類中VMS濃度を初めて報告するものである.
水道法における水質基準項目の一つとして陰イオン界面活性剤があり,これに使用できる計量法トレーサビリティ制度(Japan Calibration Service System, JCSS)に基づく陰イオン界面活性剤5種混合標準液の供給が望まれていた.しかしながら,対象成分はアルキル鎖長の炭素数が10〜14からなる5種のアルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(ABS)であり,また,各々が異性体混合物であるため,国際単位系(SI)にトレーサブルで精確な値付けが難しかった.そこで本研究では,5種のABSのモル吸光係数が同一とみなせることを利用して,アルキル基の異なる炭素数ごとに,同一モル質量の成分の総量についてSIトレーサブルに値付けを行う技術を開発した.また,同一モル質量の各ABS溶液の測定から得た面積比を用いたピーク面積値の補正を行うことにより,混合標準液である特定標準液から同じく混合標準液である特定二次標準液への精確な値付け方法を確立した.この技術を用いて供給されるJCSS陰イオン界面活性剤5種混合標準液は,水質基準項目の測定に用いる基準として十分な信頼性を有している.
堆積物や土壌等の地質試料中の臭素(Br)及びヨウ素(I) の分布は,過去の気候変動や地殻変動による海水準の変化,津波や高潮による陸域への海水の浸入など,種々の自然現象を理解する重要な情報となる.波長分散型蛍光エックス線分析法(WDXRF)及びエネルギー分散型蛍光エックス線分析法(EDXRF)は,地球科学分野のみではなく工業材料,文化財や廃棄物の組成分析など幅広い分野で応用展開が進んでいる.しかし,地質試料中のBr及びI濃度は多くの場合100 mg kg−1以下であることに加えて,対象濃度範囲の固体試料の標準試料が少ないことから,これまでXRFを用いた研究成果の報告例は限られていた.地質試料中のBr及びI濃度測定に適用可能なXRF装置を整備することは有用であり,Br及びIのXRF測定データの蓄積が求められている.本稿では東北大学の偏光光学式EDXRF(Malvern Panalytical製Epsilon5,粉末ペレット使用)によりBr及びIの濃度測定を実施した試料を日本原子力研究開発機構のWDXRF(リガク製ZSX Primus II)でも測定し,両者の結果を比較した事例を報告する.
陰イオン界面活性剤は,水道水や環境水の検査項目として分析され,その標準物質にはアルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(ABS)が用いられる.しかしながら,この標準物質は類縁体の異性体混合物であるため,正確に定量することが難しい.本研究では,信頼性の高いABS標準物質の開発を目的として,類縁体間で共通の化学構造であるベンゼンスルホン酸に着目し,類縁体間のモル吸光係数は同等であると仮定した総量の定量分析法について検討した.まず,対象成分のUVスペクトル測定で類縁体の光吸収特性を確認した上で,約1000 mg L−1の直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)及びABSについて,単成分で炭素数が12のLAS(12C-LAS)を基準とした定量結果と1H定量NMRで決定した参照値とを比較した.ABSについては,2機関での比較測定も行い,妥当性確認を行った.その結果,すべての成分の定量結果は参照値と約2% の範囲で一致し,機関間差も約1% であった.濃度やピーク形状の影響を考慮した拡張不確かさは相対値で6% 未満であり,水道法水質基準の標準物質として用いるのに十分な精確さであった.
フタル酸エステル類の一部は生体への悪影響が懸念されており,電気・電子機器中の有害物質制限指令(RoHS指令)では,四つのフタル酸エステル類の最大許容濃度が決められている.それらの濃度を管理する上では,使用する分析法の妥当性確認が重要であるため,組成標準物質を用いて行うことが望ましい.産業技術総合研究所計量標準総合センター製認証標準物質(NMIJ CRM)のポリ塩化ビニル(PVC)には四つの制限物質であるフタル酸エステル類が含まれているが,それらのうちフタル酸ジイソブチル(DIBP)のみ認証値ではない.そこで,DIBPを認証値とするため,定量核磁気共鳴分光法で純度を値付けしたDIBP校正用標準物質を用いて,同位体希釈質量分析法を適用し,PVC中のDIBPの質量分率を決定した(891 mg/kg: NMIJ CRM 8152-b(02),91 mg/kg: NMIJ CRM 8156-a(02)).今後は,これらNMIJ CRMを用いることで,制限物質すべての適切な管理の実現が期待される.
世界各国がカーボンニュートラルを目指すことを宣言し,我が国も2050年をカーボンニュートラル達成目標年として宣言した.本目標を実現するためには,石油資源,バイオマス,廃プラスチック等の有機炭素資源を効率的に利用することが必要不可欠であり,その研究開発に大きな期待が寄せられている.著者は主として使用済プラスチックやバイオマスを化学原料に転換する熱分解プロセスを開発している.更に,熱分解プロセス開発を支援することを目的に,熱分解生成物や熱分解挙動を詳細かつ迅速に評価する熱分解ガスクロマトグラフ(Py-GC)を用いた応用分析法を種々提案してきた.本稿では,これまで報告してきた分析法として,タンデム─μリアクター─ガスクロマトグラフを応用した熱分解─触媒反応その場分析法,熱分解─気相誘導体化─ガスクロマトグラフィー/質量分析法による高沸点熱分解生成物のその場分析法,スーパーエンジニアリングプラスチックの燃焼反応生成物のその場分析法,及びPy-GC/マルチ検出器の開発,に関するこれまでの研究成果をとりまとめ,有機炭素資源利用プロセス開発におけるPy-GCの有効性を解説する.
生体中において,コレステロールは細胞膜の成分ステロイドホルモンの前駆体として重要であるが,生活習慣病である脂質異常症の高LDL-コレステロール血症の原因でもある.そのため,血液中のコレステロール類を定量することは,病態や治療薬の効果を判定するのに重要である.しかしながら,血液中のコレステロールなどの脂質を精度よく測定するには工夫が必要である.本論文では,生体中のコレステロール合成・吸収・代謝(特にオキシステロール)の前処理法を工夫することで開発した定量法について述べる.また,この開発した定量法を患者血液検体に応用し,脂質異常症治療薬のエゼチミブの新しい作用,さまざまな疾患のバイオマーカーとしての有用性を発見することができた.さらに,細胞培養系や動物実験系に応用することで,さまざまな食品成分がコレステロール合成抑制効果を持つことも発見できた.このように,これまで測定されていなかった微量の成分を測定することで治療薬や食品成分の新しい作用や疾患のバイオマーカーとしての可能性を示した.
豪州産鉄鉱石は今後リン(P)濃度の上昇が予測されており,高P鉄鉱石有効活用のために,豪州産鉄鉱石に存在するリン吸着ゲーサイト(P吸着α-FeOOH)の構造解析が求められている.本研究では,赤外分光(IR)と量子化学計算を活用して鉄鉱石中のP吸着α-FeOOHの化学構造を解析した.その結果,固体の状態のP吸着α-FeOOHも,これまでと同様,リン酸イオンを含む溶液のpHが酸性のときは単座配位のFePO2(OH)2とFePO3OHが支配的な化学構造であり,中性及び塩基性では単座配位のFePO3OHが支配的であることが分かった.また,2種の豪州産鉄鉱石に含まれるP吸着α-FeOOHの化学構造は単座配位のFePO2(OH)2とFePO3OHで説明でき,その存在比率が銘柄ごとに異なっていたことから,2種の鉄鉱石はそれぞれ生成条件が異なると推測された.このような情報は高P鉄鉱石の利用拡大に活用できる.
医薬品の定量法では逆相モードのHPLCが汎用されている.一般的な中低分子の合成医薬品で,原薬が活性本体とその対イオン(カウンターイオン)からなる塩である場合,活性本体を保持させる逆相HPLC条件下では,対イオンとして用いられたマレイン酸やフマル酸といった有機酸類は保持せず,ホールドアップタイム(t0)の位置に溶出する.そこで,高極性の化合物の保持・分離に優れた親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)を適用し,これら医薬品の活性本体とその対イオンのHPLC保持・分離について検討した.本検討ではHILICモードとして,ジオール型とシクロデキストリン型カラムを用いてビソプロロールフマル酸塩,クロルフェニラミンマレイン酸塩,ジフェンヒドラミンサリチル酸塩など医薬品の対イオンとその活性本体の同時分離法の開発を目的とし,HILICでの分離選択性について検討した.その結果,対イオンである有機酸類の保持に加え,その活性本体も同時に保持し,両者がHILICモードで保持・分離できることが分かった.本法により,医薬品の対イオンの定量について内標準を設定し適用したところ,医薬品は化学量論比からなる塩であることがHILICにより評価できることが示された.また,医薬品の確認試験法として本法は,活性本体とその保持する対イオンを,一度に評価できる手法として有用であることが示された.
ベルベリン(berberine, BE)及び生薬オウバク中のBEのHPLC分析では,固定相にC18カラム,移動相にラウリル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate, SDS)を用いるイオンペアークロマトグラフィーが,日本薬局方(日局)に公定法として採用されている.このSDSを用いる逆相HPLC法は,BEの他にも日局収載の漢方エキス製剤中のアルカロイド(エフェドリン,マグノフロリン,シメノニンなど)や塩基性医薬品の定量法としても採用されているが,SDSを用いたカラムはその履歴が残ることが多く,平衡化に時間を要するため,専用カラムとして用いられる場合が多い.そこで,本検討では,SDSより炭素鎖の短いオクタンスルホン酸ナトリウムを用い,これを含む緩衝液と有機溶媒との混液を移動相としたBEの純度試験について,コアシェル(core-shell, CS)型の逆相カラムを用いて検討した.BEとその構造類似のオウバク含有物質であるパルマチンとの分離に着目して検討したところ,C18カラムではテトラヒドロフラン(tetrahydrofuran, THF)が両者の分離に極めて有効であることが分かった.別に,Biphenylカラムでは,カラム圧損が低くCS型カラムで用いやすいアセトニトリルの使用において,高いカラム圧損となるTHFを用いなくても,両者が良好に迅速分離されることが分かった.開発したHPLC法によりBE原薬の純度試験やオウバク末,漢方製剤中のBEの含有量測定が数分以内という速さで達成できることが示された.
高温・高湿度環境下で動作するデバイスの評価において,抜き取り試料の評価だけでは機能発現や機能消失のメカニズムの解明が困難であり,性能の担保も不十分となる可能性がある.そこで,本研究では,高温・高湿度環境でのその場放射光分析を可能にするための加熱・加湿チャンバー及びその制御系を新規に開発し,温湿度制御性能を評価した.開発したチャンバーを試料セルとして用い,放射光施設におけるその場測定を実施した.ヨウ素含有ポリビニルアルコールフィルムをテスト試料として作成し,室温から80℃,相対湿度0% から80% の環境下でのX線吸収スペクトルを測定した.従来の方法が室温レベルでの加湿に留まるのに対し,本研究では機能性高分子フィルムが使用されるリアルな高温・高湿度環境を再現しての測定を実現した.
1-オクタノール/水分配係数は化学物質の生物蓄積性や毒性の予測などに用いられる物理化学的性状の一つである.しかし,界面活性剤においてはエマルション形成の問題があるため測定法が確立されていない.低速撹拌法は撹拌条件が穏やかでエマルション形成の抑制に有用とされ,平衡化中にミセルを形成しない濃度であれば界面活性剤に適用可能と言われている.一方,添加時濃度(初期濃度)が臨界ミセル濃度(CMC)未満であっても,分配係数が濃度依存性を示すとの指摘もなされている.本研究では,低速撹拌法について,さまざまな界面活性剤を対象として,初期濃度を中心に分配係数の変動要因を検討した.その結果,界面活性剤によってはCMC未満の初期濃度条件下で分配係数の濃度依存性を示さない領域があることを見いだし,CMCを踏まえて初期濃度を設定することが重要であることが示された.一方,CMC未満でも初期濃度が比較的高い条件下ではエマルションが形成される場合があることが分かった.
パルスNMRは分子鎖の運動性に関するスピン─スピン緩和時間及び成分量を調べ,材料の物性,劣化現象そして信頼性を評価する測定法として有効である.特に,高分子ブレンド系のような成分が複合する材料で観測される自由誘導減衰(Free Induction Decay; FID)信号は,その多くが多緩和系である.多緩和系信号の場合,内包する信号を分離することは,正確な物性情報を評価するために重要である.本研究では,原理上FID信号に含まれたノイズフロア成分の除去ができるフィルタリング処理をFID信号に適用し,磁化強度がピークを示す特徴に着目した.検出したピークからは,FID信号の任意のワイブル係数による緩和時間及び最大磁化強度が評価できることを示した.更に,フィルタリング処理したFID信号から緩和時間を直接可視化・数値化できる解析法(可視化解析法)を提案した.その結果,可視化した緩和時間の分布状態から信号の分離へ繋げることが可能となった.この可視化解析法の有効性は,測定したPVDFフィルムのFID信号の適用によって確認した.