日本物理学会誌
Online ISSN : 2423-8872
Print ISSN : 0029-0181
ISSN-L : 0029-0181
固体中のスピン軌道相互作用が引き起こす特異な電子スピン構造(最近の研究から)
宮本 幸治木村 昭夫奥田 太一
著者情報
ジャーナル フリー

2015 年 70 巻 10 号 p. 760-764

詳細
抄録

空間反転対称性の破れとスピン軌道相互作用に起因するRashba効果によってスピン分裂バンドが非磁性体金属および半導体表面などに現れる.さらに最近,波動関数のトポロジーによって物質群の分類がなされ,スピン軌道相互作用が強い物質においては,時間反転対称性によって保護されたトポロジカル絶縁体が大きな注目を集めている.トポロジカル絶縁体の表面状態は,バルクバンドギャップ中にスピン偏極したフェルミ面が奇数個存在し,トポロジーの異なるRashba物質の場合は,偶数個となる.このトポロジーの違いは,スピン軌道相互作用の大きさに依存し,バンドギャップを挟む2つのバルクバンドのパリティーが入れ替わることで生じる.これはZ_2数と呼ばれるトポロジカル不変量が偶から奇に変化することに対応する.Bi_2Se_3に代表されるトポロジカル絶縁体の表面は,直線的なバンド分散形状を示す,質量ゼロのディラック電子系である.この分散形状と特徴的なスピン構造から,さまざまな新奇物性の発現が期待される.結晶表面の対称性と電子スピン構造には密接な関係があることが,これまでの研究により徐々に明らかとなってきている.例えば,C_<3v>結晶表面対称性に影響を受けたディラック電子の電子スピン構造は,異方的なバンド分散形状を示し,面直スピンを生じさせる.この面直スピン成分が電子の後方散乱を増大させスピン緩和時間を短くする.しかしこれまでの研究は,sp電子系のC_<3v>結晶表面対称性をもつ物質に限られていた.一方,d電子系の物質は,電子の運動エネルギーとクーロン反発の競合(電子相関)によって,磁性や近藤効果といった多彩な物理現象を引き起こし,特に,3d遷移元素を含む物質を中心に多くの研究がなされてきた.ごく最近,イリジウム酸化物等が5d電子系のスピン偏極ディラック表面電子をもつトポロジカル絶縁体として理論的に予言され,電子相関とスピン軌道相互作用の競合する物質として注目を集めている.しかし,3d電子系の物質に比べ5d電子系の物質についての研究はごく僅かである.W(110)は,典型的な5d電子系で2回対称性(C_<2v>)の表面をもつ.さらに,W表面上に吸着したMn超構造が螺旋スピン構造を示すなど基板の強いスピン軌道相互作用に起因した様々な新奇表面物性について古くから研究が行われていた.このような新奇物性は,W(110)表面のスピンに依存した電子構造が重要な役割を担っていると考えられるが,それを詳細に研究した報告はこれまでにない.そこで,我々は独自に開発したスピン角度分解光電子分光装置で測定を行い,W(110)表面に5d電子系のスピン偏極ディラック電子が存在することを発見した.しかも,この表面電子は,結晶表面対称性のC_<2v>に強く影響を受け,波数一方向に強く押しつぶしたような扁平なディラックコーン型の電子構造を示す.k・p摂動計算を用いた考察からC_<2v>対称性に強く影響を受けたスピン偏極ディラック電子は,電子の後方散乱を大きく抑制し,C_<3v>対称性の場合よりもスピン緩和時間を飛躍的に増大させると期待される.この結果はスピンを制御した新奇デバイス作成の物質探査に大きな指針を与える.

著者関連情報
© 2015 一般社団法人 日本物理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top