日本物理学会誌
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交流
微生物の発電
高妻 篤史
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2016 年 71 巻 5 号 p. 296-301

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抄録

最近,クリーンエネルギーに対する関心の高まりから,微生物発電が注目を集めている.微生物を利用した発電装置は微生物燃料電池( Microbial Fuel Cell; MFC)と呼ばれ,そこでは微生物が燃料(主に有機物)から電子を取り出すための触媒として用いられる.微生物は様々な有機物を分解できる能力を持っているため,化学触媒では分解できない多種多様な化学物質から電気を作り出すことができる.このことは水素等の純粋化合物しか利用できない化学燃料電池と比べて, MFCが大きく有利な点である.また常温でも反応が可能であることや,有機物を餌にして自己増殖できることなども,微生物触媒の長所として挙げられる.こうした利点から MFCは廃棄物系バイオマスを利用した発電システム等への応用が期待されており,特に工業廃水処理プロセスに MFCを適用する技術に関しては,大型装置の開発が進むなど実用化に向けた動きが加速してきている. MFCでは,微生物が有機物を酸化分解し,その過程で生じた電子が微生物細胞内から電極(アノード電極)へと移動することによって電流が生じる.このプロセスには複数の微生物が関与する場合もあるが,純粋培養された状態でも発電が可能な微生物(発電微生物)も存在する.しかし生物の細胞膜は絶縁体であり,通常の生物は細胞の外へ電子を放出することはできない.ではいったい発電微生物はどのように細胞外の物質に電子を伝達するのだろうか? そのメカニズムは多くの微生物学者の興味を惹きつけ,その解明に向けた研究が世界中で盛んに行われてきた.その結果,発電微生物は細胞外に電子を放出するための導電経路(細胞外電子伝達経路)を備えており,この経路を介して電極に電子を直接,あるいは間接的に受け渡すことが明らかとなってきた.また電極の電位を制御すれば,この導電経路を介して逆に電極から微生物細胞内へと電子を注入できることも,最近の研究によって明らかとなった.注入された電子は細胞内の物質変換反応に使用されるため,電子注入によって微生物による有機物合成を促すシステムを構築することができる.このシステムは微生物電気合成系(Microbial Electrosynthesis System; MES)と呼ばれており,二酸化炭素や安価な低分子有機化合物から有用化合物を合成するプロセスの開発を目指して,現在基礎研究が進められている.このように,電極と微生物間の電子移動(細胞外電子伝達)を利用し,新たなバイオプロセス(“微生物電気化学プロセス ”)を創出しようとする試みが,近年活発化してきている.既存の学問分野の垣根をこえ,微生物学や化学・工学的知識の統合による技術発展を進めることが,実用化に向けた鍵となるだろう.

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© 2016 日本物理学会
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