日本物理学会誌
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71 巻, 5 号
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巻頭言
目次
物理学70の不思議
現代物理のキーワード
交流
  • 高妻 篤史
    2016 年 71 巻 5 号 p. 296-301
    発行日: 2016/05/05
    公開日: 2016/07/12
    ジャーナル フリー
    最近,クリーンエネルギーに対する関心の高まりから,微生物発電が注目を集めている.微生物を利用した発電装置は微生物燃料電池( Microbial Fuel Cell; MFC)と呼ばれ,そこでは微生物が燃料(主に有機物)から電子を取り出すための触媒として用いられる.微生物は様々な有機物を分解できる能力を持っているため,化学触媒では分解できない多種多様な化学物質から電気を作り出すことができる.このことは水素等の純粋化合物しか利用できない化学燃料電池と比べて, MFCが大きく有利な点である.また常温でも反応が可能であることや,有機物を餌にして自己増殖できることなども,微生物触媒の長所として挙げられる.こうした利点から MFCは廃棄物系バイオマスを利用した発電システム等への応用が期待されており,特に工業廃水処理プロセスに MFCを適用する技術に関しては,大型装置の開発が進むなど実用化に向けた動きが加速してきている. MFCでは,微生物が有機物を酸化分解し,その過程で生じた電子が微生物細胞内から電極(アノード電極)へと移動することによって電流が生じる.このプロセスには複数の微生物が関与する場合もあるが,純粋培養された状態でも発電が可能な微生物(発電微生物)も存在する.しかし生物の細胞膜は絶縁体であり,通常の生物は細胞の外へ電子を放出することはできない.ではいったい発電微生物はどのように細胞外の物質に電子を伝達するのだろうか? そのメカニズムは多くの微生物学者の興味を惹きつけ,その解明に向けた研究が世界中で盛んに行われてきた.その結果,発電微生物は細胞外に電子を放出するための導電経路(細胞外電子伝達経路)を備えており,この経路を介して電極に電子を直接,あるいは間接的に受け渡すことが明らかとなってきた.また電極の電位を制御すれば,この導電経路を介して逆に電極から微生物細胞内へと電子を注入できることも,最近の研究によって明らかとなった.注入された電子は細胞内の物質変換反応に使用されるため,電子注入によって微生物による有機物合成を促すシステムを構築することができる.このシステムは微生物電気合成系(Microbial Electrosynthesis System; MES)と呼ばれており,二酸化炭素や安価な低分子有機化合物から有用化合物を合成するプロセスの開発を目指して,現在基礎研究が進められている.このように,電極と微生物間の電子移動(細胞外電子伝達)を利用し,新たなバイオプロセス(“微生物電気化学プロセス ”)を創出しようとする試みが,近年活発化してきている.既存の学問分野の垣根をこえ,微生物学や化学・工学的知識の統合による技術発展を進めることが,実用化に向けた鍵となるだろう.
解説
  • 石橋 明浩
    2016 年 71 巻 5 号 p. 302-310
    発行日: 2016/05/05
    公開日: 2016/07/12
    ジャーナル フリー
    ブラックホールは物理の中でも最も有名で最も不思議な対象の一つである.一般相対論の完成からほどなく, K.シュヴァルツシルトがアインシュタイン方程式の最初の厳密解を発見(1916年)して,ちょうど100年になる.その解の表す時空がブラックホールの概念に結びつき,宇宙に実在しうる天体として受け入れられるまでには,さらに半世紀の時間がかかった.今ではブラックホールの直接検証へ向けた様々な観測計画が進められている. 4次元宇宙のブラックホールは,質量と角運動量だけで完全に特徴づけられることが数学的に証明されている.「一意性定理」とよばれるこの事実の意義は計り知れない.私たちの観測宇宙に,それこそ星の数ほどあろうブラックホールが,驚くべきことにカー(Kerr)解とよばれるたった一つの厳密解で完全に記述できるのである.S.チャンドラセカールのいうように「4次元宇宙のブラックホール研究は,カー解の研究につきる」のである.ところが,超弦理論やブレーン宇宙論といった高次元重力研究の進展とともに,ここ 10数年ほどで高次元ブラックホールの研究が著しく発展し,その不思議な世界があらわになってきた.特に人々を驚かせたのは, 5次元以上だと球状のブラック・ホールだけでなく,リング状のものや,土星状のブラックホールも可能となり,そうしたブラックホール解が実際に(数学的に)発見されたことであった.つまり,一意性定理のおかげで 4次元宇宙のブラックホールは基本的に理解されていたが,高次元になると途端に豊かな世界が広がることが明らかになってきたのだ.こうした多様性の要因は,一つには高次元ではブラックホールが独立な複数の角運動量をもつことができ,しかも必ずしも上限がなく高速回転できること,もう一つは高次元ではホライズンが膜のように拡がりうることにある.ブラック・ストリングのようにある方向に膜状に伸びたブラックホールは不安定になると予想される.実際に数値的研究により多くの高次元ブラックホールの不安定性が判明し,そこから新たな種類のブラックホール解への分岐,つまりますます豊かな多様性の発現が示唆される,といった具合である.新しい厳密解の発見とその安定性解析が進む一方で,こうした多様性を系統的に理解すべく数学的諸定理の研究も進んでいる.例えば,ブラックホールの可能な形状を制限する「トポロジー定理」,定常ブラックホールがもつ対称性の拡大を意味する「剛性定理」などであり,高次元ブラックホールの分類問題も少しずつ進展を見せている.さらに数理的な発展だけでなく,素粒子物理,加速器実験,さらにはホログラフィー原理を通して物性物理などとの関係も広がった.例えば,加速器実験で実際に高次元ブラックホールが探査されたり, AdS/CFT対応を用いた高次元ブラックホールによる超伝導現象の理解など,宇宙や重力と全くかけ離れた物理系との“意外なつながり ”も見えてきた. 4次元とは比べものにならないほど多彩で不思議な高次元ブラックホールが,今後も重要な研究対象であり続けるのは間違いない.本稿では,高次元ブラックホールの世界を概観し,最近の進展や今後の展望についても解説する.
最近の研究から
  • 松﨑 弘幸, 岩野 薫, 岡本 博
    2016 年 71 巻 5 号 p. 311-317
    発行日: 2016/05/05
    公開日: 2016/07/12
    ジャーナル フリー
    近年,固体に光を照射することによって,その電子構造や物性を劇的に変化させようという試みが盛んに行われている.この現象は“光誘起相転移”と呼ばれており,光物性物理の中心的課題の一つとなっている.この現象を機能として利用することを考えた場合,光による電子物性の変化を如何に高速かつ高効率に起こすかが鍵となる.この観点から注目されている物質群が電子間に強いクーロン相互作用が働く強相関電子系であり,遷移金属化合物やある種の有機物質がこれに属する.強相関電子系の特徴は,強い電子間相互作用を通して電子系に集団的な性質が現れることにある.この性質を上手く利用することで,光照射による電子励起や光キャリア生成をきっかけとして系の広い領域にわたって高速の集団的な電子状態変化を引き起こすことが可能となる.固体の相転移から連想されるのは,結晶構造の変化であろう.しかし,ここでの相転移は電子系(電子相)が変化する現象であり,そのために超高速で起こる点が重要である.強相関電子系のこのような光による電子相転移は,これまで遷移金属化合物におけるモット絶縁体から金属への転移,有機分子性結晶におけるイオン結晶から中性結晶への転移をはじめとして,様々な現象が報告されてきた.これらの光誘起相転移では,ある電子相を光励起すると特定の電子相への転移が生じる.二つ以上の電子相への相転移を光で引き起こすことは可能だろうか? 励起光波長を変化させて初期励起状態を選択し,系を複数の電子相へ転換しようというのが本研究の主題である.これまでに報告されている光誘起相転移のほとんどは,光励起によって低対称な電子相の秩序を融解し,高対称な電子相を生成するものである.上記のように光で異なる電子相を生成するには,光で秩序を融解する過程に加えて,光で別の秩序を創り出す過程を実現することが鍵となる.最近,筆者らは,強相関電子系である一次元ハロゲン架橋金属錯体と呼ばれる物質において,励起光の波長を変化させることによって,モット絶縁体相から“金属相”への転移と“電荷密度波相”への転移の両者を観測することに成功した.これは,二つの異なる電子相への超高速光誘起相転移を実現した初めての例である.二つの相転移のうち,光誘起モット絶縁体–電荷密度波転移は,光でより対称性の低い電子状態を生成する転移,すなわち,秩序を創り出す方向の転移である.この転移の発現には,モット絶縁体相と電荷密度波相のエネルギーがほぼ縮退していることに加えて,隣接サイト間の電子間相互作用に起因する集団的な電荷移動過程が重要な役割を果たしていることがわかった.光による秩序相の生成は,光物性や非平衡物理として興味深いだけでなく,光機能の観点からも重要である.例えば,最初にある波長のパルス光によって秩序状態を過渡的に創り出し,その後,異なる波長のパルス光を照射してこれを融解させることができれば,新しい超高速光スイッチやメモリー機能の実現に結びつくものと期待される.
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