日本物理学会誌
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解説
「アンタッチャブル」な量子系の間接制御
丸山 耕司加藤 豪
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2018 年 73 巻 3 号 p. 134-142

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抄録

大きな量子力学系を自在に操り,量子情報処理をはじめとした様々な量子技術を手に入れる日が,つい目の前まで来た(ように見える).しかし,次元の高い多体量子系を意のままにコントロールするという目標達成への道のりは,未だに険しい.なぜか.最大の要因は量子状態の脆さにある.量子力学的効果を生かすには,系がシュレディンガー方程式にしたがって発展し,コヒーレントな量子性を維持することが大前提だ.しかし,量子系は外部環境からのノイズに非常に弱く,コヒーレンスは長くは続かない.その外部環境に住む我々が量子系に信号を送り,これを自由に制御しようというのはわがままな要求なのだ.

この意味で,量子ビットなど,系を構成する要素すべてに能動的にはたらきかける「伝統的」な制御法は,多くの要素からなる高次元系にそのまま適用するのは難しい.では,人為的制御を最小限に抑えつつも,高次元量子系を自在に操ることはできないのだろうか.多くの制御プローブが必要となる個別要素制御,各要素間相互作用のスイッチングを極力避け,全系のユニタリー発展を小さな部分系へのアクセスだけで巧みにガイドするイメージである.制御プローブとは,外部環境から量子系に直接働きかけるための部品,要素のことであり,たとえば超伝導量子ビット系の場合の電極や周辺の配線などがこれにあたる.少数量子ビットの系の制御技術はすでに確立されてきていることをふまえると,ごく小さい部分系を高次元量子系制御への「窓」として利用できるのではないか.窓以外をできるだけ外界から隔離し「アンタッチャブル」とする努力をすれば,ノイズを大幅に抑制できる可能性があるわけだ.

この量子「間接制御」のシナリオでまず考慮すべきは,小さな窓を通した全系の制御可能性,そしてシステム同定の可能性である.制御可能性については,ハミルトニアンのなすリー代数によるコンパクトな定理が知られているが,この定理は実際に所望の制御がどのような方法で,どのくらいの時間で実行可能かについては何も語らない.そしてシステム同定可能性の議論では,制御可能性を含め,系のダイナミクスを議論する上で必須となるハミルトニアンを,限られたアクセスからいかに推定するかを問題とする.

こうした問題は,主としてスピン1/2系の数理を具体例として進展してきた.これは,量子情報処理などを行うための物理系は,実質的にスピン系と同じハミルトニアンで記述されるものが多いからだ.限定アクセス下でも効率的に制御可能な系の物理や,システム同定の可能性・方法が明らかにされつつある.さらに,物理的仮定を最小化し,制御・観測が部分系に限られるという条件のみで,窓の向こうに何が見え,どこまでを制御対象とできるのかといった原理的な疑問に対してさえも徐々に知見が得られている.直接のアクセスが限られることが,全系ヒルベルト空間に興味深い構造をもたらすことなどが見えてきたのだ.

量子制御理論は未だ発展途上である.(遠いかもしれない)将来の量子技術完成時の,柱のひとつとなることを夢見る物語として読んでいただければ幸いである.

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