日本物理学会誌
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73 巻, 3 号
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巻頭言
目次
現代物理のキーワード
解説
  • 丸山 耕司, 加藤 豪
    原稿種別: 解説
    2018 年 73 巻 3 号 p. 134-142
    発行日: 2018/03/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    大きな量子力学系を自在に操り,量子情報処理をはじめとした様々な量子技術を手に入れる日が,つい目の前まで来た(ように見える).しかし,次元の高い多体量子系を意のままにコントロールするという目標達成への道のりは,未だに険しい.なぜか.最大の要因は量子状態の脆さにある.量子力学的効果を生かすには,系がシュレディンガー方程式にしたがって発展し,コヒーレントな量子性を維持することが大前提だ.しかし,量子系は外部環境からのノイズに非常に弱く,コヒーレンスは長くは続かない.その外部環境に住む我々が量子系に信号を送り,これを自由に制御しようというのはわがままな要求なのだ.

    この意味で,量子ビットなど,系を構成する要素すべてに能動的にはたらきかける「伝統的」な制御法は,多くの要素からなる高次元系にそのまま適用するのは難しい.では,人為的制御を最小限に抑えつつも,高次元量子系を自在に操ることはできないのだろうか.多くの制御プローブが必要となる個別要素制御,各要素間相互作用のスイッチングを極力避け,全系のユニタリー発展を小さな部分系へのアクセスだけで巧みにガイドするイメージである.制御プローブとは,外部環境から量子系に直接働きかけるための部品,要素のことであり,たとえば超伝導量子ビット系の場合の電極や周辺の配線などがこれにあたる.少数量子ビットの系の制御技術はすでに確立されてきていることをふまえると,ごく小さい部分系を高次元量子系制御への「窓」として利用できるのではないか.窓以外をできるだけ外界から隔離し「アンタッチャブル」とする努力をすれば,ノイズを大幅に抑制できる可能性があるわけだ.

    この量子「間接制御」のシナリオでまず考慮すべきは,小さな窓を通した全系の制御可能性,そしてシステム同定の可能性である.制御可能性については,ハミルトニアンのなすリー代数によるコンパクトな定理が知られているが,この定理は実際に所望の制御がどのような方法で,どのくらいの時間で実行可能かについては何も語らない.そしてシステム同定可能性の議論では,制御可能性を含め,系のダイナミクスを議論する上で必須となるハミルトニアンを,限られたアクセスからいかに推定するかを問題とする.

    こうした問題は,主としてスピン1/2系の数理を具体例として進展してきた.これは,量子情報処理などを行うための物理系は,実質的にスピン系と同じハミルトニアンで記述されるものが多いからだ.限定アクセス下でも効率的に制御可能な系の物理や,システム同定の可能性・方法が明らかにされつつある.さらに,物理的仮定を最小化し,制御・観測が部分系に限られるという条件のみで,窓の向こうに何が見え,どこまでを制御対象とできるのかといった原理的な疑問に対してさえも徐々に知見が得られている.直接のアクセスが限られることが,全系ヒルベルト空間に興味深い構造をもたらすことなどが見えてきたのだ.

    量子制御理論は未だ発展途上である.(遠いかもしれない)将来の量子技術完成時の,柱のひとつとなることを夢見る物語として読んでいただければ幸いである.

最近の研究から
  • 山本 浩史, 須田 理行
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 3 号 p. 143-147
    発行日: 2018/03/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    モット絶縁体を母物質とする材料での超伝導発現は,銅酸化物や分子性導体(BEDT-TTFやフラーレン等の塩;BEDT-TTF=bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene)で知られている普遍的現象である.モット絶縁体では,電子の運動エネルギーとクローン反発が競合するという条件に加えて,格子と電子密度が整合しているという条件が必要であり,バンドフィリングがちょうど半分の時に絶縁体になる.そのためモット絶縁体を金属化する「モット転移」では,電子の運動エネルギー(バンド幅)を制御するやり方に加えて,整合性(フィリング)を制御する方法が存在する(図参照).しかし,この二つのモット転移がどのように接続するのか,転移は一次なのか,二次なのか,超伝導が起きる付近には量子臨界点(線)が隠れているのか,といった疑問はまだ十分理解されずに残されている.

    κ型BEDT-TTF塩は異方的三角格子を形成する二次元モット絶縁体であり,長らく圧力によって格子を圧縮し,バンド幅制御での超伝導発現が知られてきた.これは,分子性結晶の格子が柔軟で,圧力によって容易にバンド幅を大きく変化させることができるためである.一方で,フィリングを制御するために分子性導体に化学的ドーピングを行った場合は局在の影響が大きく,非常に特殊な例(超格子を組む場合など)を除いて超伝導は観測されてこなかった.そうしたわけで,銅酸化物に見られるような,ドーピング密度を変化させた場合の相図はこれまで存在せず,物理的/化学的圧力でモット転移周辺の相図を探索する手法が活発に用いられてきた.

    このような状況下,我々はκ型BEDT-TTF塩にキャリアを物理的にドーピングする手法としての,電界効果ドーピングを試みてきた.電界効果トランジスタ(FET)では,ゲート電圧でドープ量を変えることが可能であり,精密なフィリング制御モット転移の観測ができる.一方で,FETに用いられるゲート絶縁膜には絶縁破壊現象による電圧の制限があり,注入可能な界面キャリアのドープ量には限界があった.

    今回我々は,このような限界を打ち破る手法として,光誘起双極子の作り出す大きな電界効果を利用した,新しい超伝導スイッチングデバイスを実現した.このデバイスでは,光反応によって発生する双性イオンが作り出す電気二重層を用いてκ型BEDT-TTF塩表面に強い電場を作り出すことができる.これによって低温で連続的に大量の物理的ドーピングが可能となり,これまでのゲート電圧のみによる手法よりも広範囲での物性計測が可能となった.また,光によるスイッチングは電気的な配線が要らないため,遠隔からの超伝導制御という新しい可能性にも道を拓くものでもある.この技術を使ってモット絶縁体近傍の相図を調べ,ホールドープ系と電子ドープ系の違い,あるいは相転移が一次なのか二次なのか,などの情報を調べ,物質同士,あるいは実験と理論を比較していくことができれば,将来はモット絶縁体を母物質とする超伝導の発現メカニズムに迫る重要な情報が得られるのではないかと期待される.

  • 鈴木 博
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 3 号 p. 148-153
    発行日: 2018/03/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    自然は階層性を持った法則によって理解される.例えば,素粒子を支配する微視的な階層の物理法則の詳細は,流体を記述するナビエ–ストークス方程式の2つのパラメターに“くりこまれて”しまう.この,長距離スケールでの法則が短距離スケールの法則に“鈍感”である事実を普遍性(universality)と呼ぶが,もし普遍性がなければ,そもそも物理学は成立しないであろう.

    本稿の対象である場の量子論では,無限に短い長さスケール,もしくは無限に高いエネルギースケールまでの力学変数が関与する.我々は,無限に高いエネルギースケールまでの物理法則の知識はないので,まず紫外切断と呼ばれるエネルギースケールを人為的に導入し,力学変数をこのエネルギースケール以下のものに制限する(この操作を正則化と呼ぶ).この紫外切断を無限大に飛ばすことが,より高エネルギースケールの法則に対する我々の無知を無視することに対応するが,この極限で有限に留まる“普遍的な”ものが,場の量子論の予言として意味を持つ.こうした有限の極限を持つ量をくりこまれた量,これを構成する作業をくりこみ,これが可能な理論をくりこみ可能と呼ぶ.

    正則化の方法は原理的には自由であるが,正則化が系の自由度と対称性を保つとき,くりこみの作業はシンプルになる.現在の素粒子理論がその基礎を置くゲージ理論において基本的な対称性はいわゆるゲージ対称性であり,正則化はこれを保つものが望ましい.標題にある格子ゲージ理論とは,ゲージ対称性を厳密に保つ,今のところ唯一の,非摂動論的正則化である.このユニークな特徴のため,格子ゲージ理論は,素粒子理論の強い相互作用に関係した非摂動論的物理,例えば,ハドロンの質量・行列要素・散乱振幅,カイラル対称性の自発的破れ,ゲージ場のトポロジカルな性質などの第一原理からの研究を可能にする.格子ゲージ理論の予言と現実の世界との驚くべき一致を見るに,ゲージ理論が真にくりこみ可能な理論であることが納得されるのである.

    格子ゲージ理論は,本来連続的な時間と空間を格子目で近似することで,正則化を行う(これを格子正則化と呼ぶ.格子定数aの逆数が紫外切断にあたる).一方,この格子構造は並進対称性や回転対称性といった連続的時空に付随した対称性を破るため,これらに付随したネーターカレント,エネルギー・運動量テンソルの構成が自明ではない.エネルギー・運動量テンソルは,エネルギー,運動量,角運動量,スケール次元といった物理量と関連し,その相関関数が粘性係数などの情報を与える.また,一般相対論においては重力の源でもある.このように基本的な物理量であるエネルギー・運動量テンソルであるが,格子ゲージ理論ではその構成が非自明なのである.

    最近,gradient flowという手法を用いてエネルギー・運動量テンソルを構成する全く新しい方法が提案され,活発に研究されている.gradient flowとは,一種の拡散方程式に従ってゲージ場を変形するものであるが,くりこまれた複合演算子を自動的に与えるという驚くべき性質を持つ.この性質を利用することで,エネルギー・運動量テンソルの,正則化によらない表式を得ることができる.これは,くりこみ可能な理論における上記の普遍性の考え方をまさに具体化したものになっている.現在,このエネルギー・運動量テンソルの表式の数値シミュレーションへの応用が本格化しつつあり,量子色力学の熱力学量が計算されている.

  • 大坪 嘉之, 八田 振一郎, 有賀 哲也
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 3 号 p. 154-159
    発行日: 2018/03/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    我々の身の回りの多くの物質は結晶の形で存在している.結晶中では,結晶の種類毎に決まった原子が一定周期で配列している.結晶は極めて多数の原子から成っているにも関わらず,この周期境界条件があるために電子物性におけるバンド理論のように極めて単純かつ現実に即した形で物質の諸物性を記述し,理解することができる.

    このような3次元の結晶内部(バルク)とは異なり,結晶の表面近くでは上述のような周期境界条件が破れ,様々なバルクとは異なった状況が生じる.表面特有の原子配列構造によって現れ,結晶最表面1~2原子層に局在する「表面電子状態」はその典型例である.一方で,表面原子構造の再構成が無い場合にも,結晶表面における3次元の周期性の終端それ自体がバルク電子状態に変調を起こし,表面以下の比較的広い原子層領域(サブサーフェス)に局在する2次元的電子状態へと変化させることがあり得る.後者の特徴を持つ電子状態に関する研究の歴史は古く,結晶の周期境界条件を利用したバンド理論の確立後間もない1930年代には既に理論的に予測されていた.しかし半導体表面においては上述の表面再構成構造が現れやすいことなどから前者の枠組みで理解される表面電子状態に関する研究が長年支配的であり,バルク電子状態と表面電子状態は全く別の起源を持つ状態として理解されてきていた.

    本研究では,筆者等は半導体であるGe単結晶の(111)表面に様々な原子を吸着させた表面の電子状態について角度分解光電子分光(ARPES)および第一原理計算により,これまで注目され難かった後者の特徴を持つ2次元的電子状態を発見した.この2次元電子状態は吸着原子種にあまり影響されず,基板結晶であるGeの寄与が支配的であった.さらに得られた電子状態の波動関数の空間分布を解析すると,結晶最表面の1~2原子層ではなく,むしろ表面から数十原子層にわたる「サブサーフェス」領域に幅広く分布し,バルクに向けて指数関数的にゆるやかに減衰するという特徴が明らかになった.これらの特徴はむしろバルク電子状態との類似性を示すものであったが,にも関わらず結晶表面垂直方向にはバンド分散を示さないことや,結晶表面における空間反転対称性の破れに起因する特徴的なスピン・軌道偏極構造(Rashba効果)を示すことなど,2次元電子状態に特有の性質も同時に示された.以上のような特徴から,今回見いだされた電子状態はこれまで顧みられることの少なかったもう1つの表面電子状態形成過程によるものだと考えるのが妥当である.

    本研究で同定された半導体の「サブサーフェス電子状態」の,バルク電子状態との強い関連性と周期性の打ち切りによる2次元的な局在化という特徴は,昨今極めて盛んに研究されているトポロジカル表面電子状態と共通のものであり,本研究を通じて結晶終端面に現れる電子状態について共通の枠組みによる理解を進めることができた.

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