日本物理学会誌
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解説
適応と進化におけるマクロ現象論――表現型変化の低次元拘束と揺らぎ–応答関係
金子 邦彦古澤 力
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2019 年 74 巻 3 号 p. 137-145

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抄録

シュレーディンガーは,70年ほど前に著書『生命とは何か』で,情報を担う分子としてのDNAの性質を予言しました.これは分子生物学の興隆への大きな一石となり,以降,生物内の個々の分子の性質は調べあげられてきました.しかし,それら分子の集まった「生きている状態とは何か」の答えには至っていません.物理学は安定した平衡状態に限定することで,マクロシステムをとらえる「熱力学」をつくることにかつて成功しました.もちろん,生命は平衡状態にはありません.しかし生命システム,具体的には細胞は,膨大な成分を有し,その組成を維持して複製でき,外界に適応し進化するという共通特性を持っています.では,こうしたシステムの普遍的性質を記述する状態論を構築できないでしょうか.そこで,熱力学にならって,まずは定常的に成長する細胞状態に対象を限り,さらに進化によって発展してきた状態は摂動に対する安定性を有していることに着目します.これをふまえて,適応と進化に関して,以下のような普遍法則が見出されてきました.

(1)様々な外界の環境変化に対し,細胞内の全成分(数千成分)の変化は互いに比例していて,その比例係数は細胞成長速度というマクロ変数で表される.

(2)このような短期的適応変化と,長期的進化の間に対しても,全成分(表現型)変化の間に共通比例変化則が成り立つ.

(3)こうした外部変化に対する応答と,ノイズによる揺らぎの間には統計力学での揺動応答関係と類似した比例関係が成り立つ.

(4)各成分の揺らぎに関しても,ノイズによる短時間スケールでの分散と遺伝子変異による長時間スケールでの分散の間に全成分にわたる比例関係が成り立つ.

(5)進化的安定性により細胞の高次元なミクロ状態が低次元なマクロ状態へと次元圧縮されることがこれらの法則の背後にあると考えられる.

以上のことは,大腸菌進化実験とトランスクリプトーム解析などによる高次元の表現型解析,細胞モデルの計算機シミュレーション,現象論的理論で確証され,普遍的な法則となることが期待されます.また,この結果から遺伝的変異はランダムに起きても表現型の進化には決定論的な方向性があることも示唆されます.

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