日本物理学会誌
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74 巻, 3 号
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巻頭言
目次
解説
  • 庄司 裕太郎
    原稿種別: 解説
    2019 年 74 巻 3 号 p. 128-136
    発行日: 2019/03/05
    公開日: 2019/08/16
    ジャーナル フリー

    我々の宇宙は,熱い宇宙から始まり,宇宙膨張に従って徐々に冷えてきた.その間,幾つかの相転移があり,より低いエネルギー状態へと遷移してきたと考えられている.現在の宇宙の温度はおおよそ3 Kほどであり,素粒子標準模型(以下,標準模型)における「真空」周りに落ち着いている状態である.通常,量子論における真空という言葉は最低エネルギー状態を指すものであるが,より広い意味でエネルギーの極小点にも使われる.最低エネルギー状態を特に「真の真空」と呼び,そうでないものを「偽の真空」と呼ぶ.我々が今,真の真空にいるか偽の真空にいるかは,残念ながら究極の理論を知らない限り判別できない.

    それでは,もし偽の真空であったとして,何が問題になるのであろうか.偽の真空もエネルギーの極小点ではあるため,一度そこに落ち着いてしまえば安定に思える.しかし,量子論においては最低エネルギー状態でなければそれは不安定である.つまり,トンネル効果によって,偽の真空中に真の真空の小さな泡が突然現れてしまうことが起こり得るのである.この泡は,過冷却水の中にできた小さな氷の核のようなもので,真の真空への相転移をトリガーしてしまう.

    仮に,標準模型が究極の理論であったとしたら,我々が今いる真空(電弱真空)は真の真空であろうか.標準模型のパラメーターは最近のヒッグス粒子の測定により全て決定されたため,電弱真空から外挿して他の真空が無いかを調べることができる.その結果,実は,電弱真空は偽の真空ということが分かった.素粒子の質量の源となっているヒッグス場の凝縮度が現在の値よりも桁違いに大きい場合には,エネルギーが電弱真空よりも下がることが予言されるのである.

    電弱真空が偽の真空であるからといって,標準模型は究極理論では無いと言ってしまって良いだろうか.実はそれは言い過ぎである.崩壊を引き起こす泡の生成確率が,広い宇宙空間と長い宇宙年齢を考慮しても,一つも生じないほど低ければ良いのである.標準模型の電弱真空の寿命を計算してみると,宇宙年齢よりもさらに数百桁長い寿命を持つことが分かる.つまり,標準模型の電弱真空は偽の真空ではあるが,十分長寿命なのである.

    ところで,我々の宇宙は過去にどのような相転移を経験してきたのであろうか.電弱相転移はそのうちの一つである.高温であった宇宙初期ではヒッグス場が凝縮しない真空が安定となるが,宇宙が十分冷えると電弱真空の方が安定となり,相転移が起こる.この時,過冷却状態が生じたとすると宇宙の物質が反物質よりも多い理由が説明できるかもしれない.将来の重力波観測,ヒッグス粒子の精密測定による電弱相転移の様子の解明が期待されている.

    さらにずっと過去では,宇宙は非常に多くの相転移を繰り返してきたという仮説がある.超弦理論において,真空の数は10500とも見積もられており,我々の宇宙はこれらの真空の間で相転移を繰り返してきたと言う説である.素粒子論における様々な微調整問題は,インフレーションと相転移によって生じる無数の物理定数が異なる泡宇宙によって解決されるかもしれない.

  • 金子 邦彦, 古澤 力
    原稿種別: 解説
    2019 年 74 巻 3 号 p. 137-145
    発行日: 2019/03/05
    公開日: 2019/08/16
    ジャーナル フリー

    シュレーディンガーは,70年ほど前に著書『生命とは何か』で,情報を担う分子としてのDNAの性質を予言しました.これは分子生物学の興隆への大きな一石となり,以降,生物内の個々の分子の性質は調べあげられてきました.しかし,それら分子の集まった「生きている状態とは何か」の答えには至っていません.物理学は安定した平衡状態に限定することで,マクロシステムをとらえる「熱力学」をつくることにかつて成功しました.もちろん,生命は平衡状態にはありません.しかし生命システム,具体的には細胞は,膨大な成分を有し,その組成を維持して複製でき,外界に適応し進化するという共通特性を持っています.では,こうしたシステムの普遍的性質を記述する状態論を構築できないでしょうか.そこで,熱力学にならって,まずは定常的に成長する細胞状態に対象を限り,さらに進化によって発展してきた状態は摂動に対する安定性を有していることに着目します.これをふまえて,適応と進化に関して,以下のような普遍法則が見出されてきました.

    (1)様々な外界の環境変化に対し,細胞内の全成分(数千成分)の変化は互いに比例していて,その比例係数は細胞成長速度というマクロ変数で表される.

    (2)このような短期的適応変化と,長期的進化の間に対しても,全成分(表現型)変化の間に共通比例変化則が成り立つ.

    (3)こうした外部変化に対する応答と,ノイズによる揺らぎの間には統計力学での揺動応答関係と類似した比例関係が成り立つ.

    (4)各成分の揺らぎに関しても,ノイズによる短時間スケールでの分散と遺伝子変異による長時間スケールでの分散の間に全成分にわたる比例関係が成り立つ.

    (5)進化的安定性により細胞の高次元なミクロ状態が低次元なマクロ状態へと次元圧縮されることがこれらの法則の背後にあると考えられる.

    以上のことは,大腸菌進化実験とトランスクリプトーム解析などによる高次元の表現型解析,細胞モデルの計算機シミュレーション,現象論的理論で確証され,普遍的な法則となることが期待されます.また,この結果から遺伝的変異はランダムに起きても表現型の進化には決定論的な方向性があることも示唆されます.

最近の研究から
  • 野本 拓也, 服部 一匡, 池田 浩章
    原稿種別: 最近の研究から
    2019 年 74 巻 3 号 p. 146-151
    発行日: 2019/03/05
    公開日: 2019/08/16
    ジャーナル フリー

    金属を冷やしていくと電気抵抗が突然消失する.この劇的な現象の本質が,クーパーペアと呼ばれる電子対の形成とその巨視的位相コヒーレンスの獲得にある,という事実が解明されたのは,今から約60年も前のことである.位相の対称性の破れとそれに伴う励起ギャップの形成が超伝導の本質であるという見方は,銅酸化物をはじめ,数多くの非従来型超伝導が発見された現在でも変わっていない.一方,これら非従来型の超伝導体ではクーパーペアの形成機構が従来型とは異なっており,位相の対称性に加えて回転などの結晶の対称性も破れる場合がある.対称性の破れ方は,クーパーペアの持つ変換性によって分類され(超伝導対称性),クーパーペアの形成機構やノードと呼ばれるゼロエネルギー状態の構造と密接に関係している.超伝導対称性の同定は,新しい非従来型超伝導体を理解するための第一歩であると言えるだろう.

    基本的に一粒子励起にギャップを有する超伝導体において,ノードの存在は低エネルギーの励起構造を劇的に変化させる.したがって,ノード構造をプローブとして超伝導対称性を探ることが可能であり,この際,超伝導対称性とノード構造の対応関係を把握しておくことが重要である.これは比較的初期の研究で系統的に調べられ,これまでに発見された非従来型超伝導体の解析において中心的な役割を担ってきた.しかしながら,近年の精密測定では,従来の理論では偶然や例外に分類されるノード構造が数多く見つかっており,この対応関係を整理し直す要請が高まっている.

    例えば,奇パリティ超伝導体の数少ない例であるUPt3では,スピン軌道相互作用のため,対称性に守られたラインノードは存在しないはずである(Blountの定理)が,実験的にはその存在が示唆されている.これに対し,その実現が有力視されている超伝導対称性においては,定理の例外が存在することが示されている.また,我々の第一原理計算に基づく研究では,そのような対称性に属し,フェルミ面毎にノード構造が異なる特異な波数依存性を示すギャップ構造が得られており,その中には垂直方向に1つだけラインノードが入る従来不可能と思われていたノードも含まれる.

    我々は,このように従来の理論の例外と考えられるノード構造を系統的に調べるため,軌道や副格子自由度そしてスピン軌道相互作用を陽に考慮した分類を行った.特に軌道自由度に関する結果として,六方晶系における角運動量jz=±3/ 2の自由度を持つ電子間のクーパーペアが,従来知られていたものとは大きく異なる構造を持ち,これがUPt3で示唆される垂直ラインノードを自然に説明できることを示した.

    また,副格子自由度は系が螺旋やグライドといった部分並進の対称性を持つとき,特に重要となる.我々は磁気秩序と超伝導との共存系においてこのようなノードの分類を行い,特にUPd2Al3やUCoGeで実験的に示唆されているラインノードがこれらの対称性によって守られた特殊なラインノードであることを示した.実は,この2つの系は従来型のs波超伝導が結晶の対称性だけから禁止される,あるいはラインノードの存在がその超伝導対称性によらず決定されるといった稀有な例になっている.これらの結果は実験的に対称性を決定する上で重要となるだけでなく,近年のトポロジーに基づいたノードの分類などとも関連して,現在進行中の興味深い問題である.

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