日本物理学会誌
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解説
超伝導回路を用いた量子計算機の研究を理解するための基礎知識
山本 剛
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2020 年 75 巻 10 号 p. 610-618

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抄録

近年,超伝導体を用いた電気回路で量子計算機を実現しようとする研究が非常に活発に行われている.約20年前にクーパー対箱とよばれるデバイスを用いて1量子ビット動作が実証されて以来,巨視的量子現象とよばれる超伝導の強固な量子コヒーレンスと固体素子であるがゆえの集積技術との相性の良さを併せもつとの期待から,世界中のグループにより精力的な研究が続けられた.その結果,コヒーレンス時間,読出し方法,ビット間結合方法など様々な要素技術が大きく進歩した.昨年2019年にはGoogleらの研究チームが,53個の超伝導量子ビットからなる回路を用いて,ある問題の解を古典計算機よりも高速に求めるという量子超越性の実証実験を報告した.20年間の技術蓄積は確かに膨大であり,特に分野外の方や新たにこの分野に挑戦しようとする方には,どこから手を付けてよいか分からないということもあるかもしれない.しかし,各要素技術において様々な試行錯誤がなされた結果,比較的単純な現在の主流方式というものが存在し,それは上記Googleらの実験にもあてはまる.

まず超伝導量子ビットの基本回路構成であるが,これはトランズモンとよばれるもので,その実体は非線形インダクタであるジョセフソン接合とキャパシタの単純な並列共振回路である.インダクタが非線形であるために,通常のLC共振器と異なり,離散準位のエネルギー間隔が一定でなくなる.それらの離散準位のうち最低二準位を量子ビットとして用いるのである.量子ビットの典型的なエネルギー準位間隔は,周波数に換算して5 GHz,温度に換算して~240 mKである.従って,熱揺らぎの影響を十分小さくするために,希釈冷凍機を用いて10 mK程度に素子は冷却される.また量子ビットの1ビットゲート操作は,この準位間隔に共鳴するマイクロ波パルスを照射することによって行われる.

一方,量子ビットの読出しについては,分散読出しとよばれる手法が用いられる.分散読出しとは,量子ビットと分散的に結合した共振器の共振周波数が,量子ビットの状態に依存することを利用した読出し方法である.比較的容易に高効率かつ非破壊的な読出しが実現できるが,量子ビットと結合した共振器を微弱なマイクロ波でプローブするため,量子誤り訂正などで必要となる単一試行での読出しを十分な精度で行うためには,非常に低雑音なマイクロ波増幅器が必要となる.そしてそのようなマイクロ波増幅器として,やはりジョセフソン接合を含んだ超伝導回路で実現されるジョセフソンパラメトリック増幅器が用いられる.

このような現行方式は,今後もしばらくは主流であり続けると思われる.しかし,例えば分散読出しを行うための現在の実験セットアップは,パラメトリック増幅器以外にも体積のかさばる半導体低温増幅器やアイソレータなども必要で,単純なスケールアップは数100ビット程度の回路規模で破綻すると思われる.また最近ではトランズモンよりもノイズ耐性に優れた改良型量子ビットの研究も盛んに行われている.他にも希釈冷凍機内のマイクロ波ケーブルの配線,量子ビットチップの高密度配線技術,制御エレクトロニクスなど大規模量子計算機実現に向けて,まだいくつものブレークスルーが必要であり,今後ますます分野横断的な研究開発が必要となってくるであろう.

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