日本物理学会誌
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最近の研究から
ダイヤモンド中のスピン量子ビットに対する幾何学的量子ゲート
小坂 英男長田 昂大倉見谷 航洋
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2020 年 75 巻 11 号 p. 683-689

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抄録

ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)が,量子ビットの有力候補として注目されている.NV中心は,ダイヤモンド中の炭素原子が1つ欠損した空孔とこれに隣接した窒素原子から構成される色中心(カラーセンター)の一種である.

NV中心の有するスピンに基づく量子ビットは,量子状態操作の正確さや量子状態保存時間の長さ,また将来のデバイス化に向けた高密度集積性という観点から有力視されている.これまでの研究では,このスピン量子ビットに対してマイクロ波やレーザー光を用いた量子操作法が考案され,量子情報を10秒以上保存できることが実証された.ところが,これらの量子操作法には原理上避けることができない操作エラーが含まれており,量子ビットに対する操作精度の向上に限界があった.本研究では,磁場を完全に排除し,エネルギー差のない上向きと下向きのスピンを量子ビットとして用いた.エネルギー差がないため操作に工夫が必要となるのと引き換えに,操作エラーや環境ノイズに対する耐性が得られる.筆者らは,NV中心にあるエネルギー差のないスピン量子ビットに,2本の直交したワイヤーから「偏光したマイクロ波」を印加して幾何学的に量子操作することを提案し,量子ゲート操作の実験に成功した.「幾何学量子ビット」と名付けたこのスピン量子ビットの操作手法は,課題であったエラーを低減することができ,操作精度の限界を実質的になくすことができる.

幾何学量子ビットのスピン状態を表す幾何学量子ビット空間は,マイクロ波の偏光状態を表す偏光空間と一対一に対応する.ある偏光をもつマイクロ波を一定時間印加すると,スピン状態がその偏光に対応する明状態と補助準位で構成された部分空間(明空間)内で閉じた経路を描いて元の明状態に戻る.この際,明空間での経路を反映した位相(幾何位相)が明状態に付与され,間接的に幾何学量子ビットの回転が生じる.このような幾何位相を利用した量子操作を幾何学的量子ゲート操作あるいはホロノミック量子ゲート操作と呼び,操作が間接的であるために通常の量子ビット空間を直接操作する手法(動的量子操作)よりも操作エラーに対して耐性がある.

量子トモグラフィー法による評価の結果,電子スピン,核スピンそれぞれに対する高精度の量子ゲート操作を実現できたことが確認できた.さらに,電子スピン–核スピン間の量子もつれを操作する2量子ゲート操作を合わせて,量子情報処理において必要とされる全てのゲート操作が実現できたことを確認した.

これらの結果は操作エラーに対して耐性をもち,かつ高精度な操作を可能にする新たな量子操作の手法を提言しただけでなく,ダイヤモンドNV中心の幾何学量子ビットを用いた量子中継器や量子コンピュータといったホロノミック量子デバイスの道を拓く.

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