誘導加速器は古くて新しい粒子加速器である.加速器の父であるWiderøeの博士論文でその概念が議論された.静電加速器はガウスの法則に基づくが,誘導加速器はガウスの法則とファラディーの電磁誘導法則を動作原理の根幹に置く.現在広く普及している高周波加速器(線形加速器,マイクロトロン,サイクロトロン,シンクロトロン)がマックスウェル方程式全部に依拠するのに対比できる.原理が単純であれば加速器自身は汎用である.静電加速器は電子から帯電金属微粒子まで加速可能である.進化の観点からは静電,誘導,高周波加速器の順番で進化するのが順当であったろうが,実際には,静電加速器で最初の人工的核反応が実証された後,高周波加速器の発明があり,第二次世界大戦を挟みその展開は著しかった.
それでも誘導加速器はベータートロンという電子用加速器として1941年にKerstによって実証された後,低エネルギー原子核物理実験や,リソグラフィー用硬X線発生装置として一定の普及を見た.戦後,シンクロトロンの発明で知られる旧ソ連のVekslerと強収束の最初の発明者であるChristofilosによって,1対1のパルストランスを直線に並べた線形誘導加速器の開発が進められた.これら誘導加速器はトランスの駆動電源とトランスコア自身の発熱の制約から,最大でも100 Hz以下の低い繰り返しの運転に限られた.
2000年にKEKからシンクロトロンの高周波空洞を1対1のパルストランスに置き換えた誘導加速シンクロトロンの概念が提案された.この提案時に700 V,20 A程度の電力を1 MHzでスイッチング可能なパワー半導体素子Si-MOSFETと高速励磁に伴う渦電流ロスやコアロスが極めて小さいトランス用磁性体が市場に出回り始めた頃であった.2004年にKEK 12 GeV PSを用い,高周波閉じ込め・誘導加速というハイブリッドシンクロトロンが実証され,2006年には完全な形での誘導加速シンクロトロンが実現した.
以降,KEKでは円形誘導加速器でしか不可能な実験やスーパーバンチ生成などのビームハンドリングを念頭に,速い繰り返し誘導加速シンクロトロン,誘導加速マイクロトロン等の加速器本体の基礎研究が推進されている.一方,速い繰り返し誘導加速シンクロトロンの典型的応用である移動標的への連続追尾照射可能な次世代ハドロンセラピードライバーや物質・生体細胞深部へ圧倒的なエネルギー密度付与が可能になる高エネルギー巨大クラスターイオン加速器システムの詳細な設計研究が進んだ.今,円型誘導加速器をフルに活用した日本独自の巨大クラスターイオン慣性核融合システムなどの広範な応用研究が国内外の研究者との連携で進んでいる.
「この小石を動かせ」と問われたらどうするだろうか? 手で触って動かす,というのが多くの人の答えだろう.では,「この原子を動かせ」と問われたらどうするだろうか? 手で触って動かす…わけにはいかない.原子は手で触るにはあまりにも小さすぎるし,なによりも量子力学のルールに従っているからだ.
小石にしても原子にしても,形あるものが最初に触れ合う場所が表面だ.地球の表面と中身は極端な例だが,一般に表面には中身とは異なる別世界が広がっている.シリコン単結晶を(111)面で切り出した有名な「Si(111)-7×7表面」には,中身の7倍周期の別世界が広がっている.最近でも,オール表面といえるグラフェン,表面のみ金属のトポロジカル絶縁体など,表面特有の物性に注目した研究が流行している.
表面の利点は直接見て触れるという点だが,それをフル活用した装置が「走査トンネル顕微鏡」だ.これは,原子レベルで鋭利な探針を表面に近づけ,トンネル電流を流しながら走査し,原子スケールで電子状態を可視化する.この姉妹品ともいえる「原子間力顕微鏡」は,探針をさらに近づけて,原子間の力を検出し,原子構造を直視する.近年,走査トンネル顕微鏡と原子間力顕微鏡の垣根が低くなり,一探針二役の同時測定が流行している.
これらの顕微鏡の大きな特徴は,原子を見るだけでなく,探針で触って動かせることだ.1991年にIBMは走査トンネル顕微鏡を用いて世界初の「原子操作」を実演した.それ以来,主に走査トンネル顕微鏡の電流によって数多くの原子操作がなされ,原子間力顕微鏡の力もそれに続いた.原子操作の中でも,2状態間で切り替わるものは特に「原子スイッチ」と呼ばれ,0と1のビットを表現するメモリーへの応用が期待されている.
我々は,有名な「Si(111)-7×7表面」上に,原子操作を用いてシリコン原子4つからなる「シリコンテトラマー」の原子スイッチを組み立てた.次に,走査トンネル顕微鏡のトンネル電流による下向きスイッチ操作,原子間力顕微鏡の原子間引力による上向きスイッチ操作を両方実現した.最後に,上下に競合する両者を組み合わせて,スイッチ操作の向きを連続的に調節した.これは,電流と力による原子1個の綱引きといえる.
「この原子を動かせ」と問われたら,手の代わりに原子の探針を使えばよい.また,原子の世界が量子力学に従っているというのなら,トンネル電流や原子間引力を活用すればよい.このように,走査トンネル顕微鏡と原子間力顕微鏡を組み合わせた新しい原子操作の技術は,ナノテクノロジーの可能性をさらに広げるものだ.シリコン元素を主成分とする小石を手で並べていた原始時代から,シリコン微細加工技術で繁栄を極めた近代を経て,これからはシリコン原子を一つ一つ動かす時代がやってくるかもしれない.
ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)が,量子ビットの有力候補として注目されている.NV中心は,ダイヤモンド中の炭素原子が1つ欠損した空孔とこれに隣接した窒素原子から構成される色中心(カラーセンター)の一種である.
NV中心の有するスピンに基づく量子ビットは,量子状態操作の正確さや量子状態保存時間の長さ,また将来のデバイス化に向けた高密度集積性という観点から有力視されている.これまでの研究では,このスピン量子ビットに対してマイクロ波やレーザー光を用いた量子操作法が考案され,量子情報を10秒以上保存できることが実証された.ところが,これらの量子操作法には原理上避けることができない操作エラーが含まれており,量子ビットに対する操作精度の向上に限界があった.本研究では,磁場を完全に排除し,エネルギー差のない上向きと下向きのスピンを量子ビットとして用いた.エネルギー差がないため操作に工夫が必要となるのと引き換えに,操作エラーや環境ノイズに対する耐性が得られる.筆者らは,NV中心にあるエネルギー差のないスピン量子ビットに,2本の直交したワイヤーから「偏光したマイクロ波」を印加して幾何学的に量子操作することを提案し,量子ゲート操作の実験に成功した.「幾何学量子ビット」と名付けたこのスピン量子ビットの操作手法は,課題であったエラーを低減することができ,操作精度の限界を実質的になくすことができる.
幾何学量子ビットのスピン状態を表す幾何学量子ビット空間は,マイクロ波の偏光状態を表す偏光空間と一対一に対応する.ある偏光をもつマイクロ波を一定時間印加すると,スピン状態がその偏光に対応する明状態と補助準位で構成された部分空間(明空間)内で閉じた経路を描いて元の明状態に戻る.この際,明空間での経路を反映した位相(幾何位相)が明状態に付与され,間接的に幾何学量子ビットの回転が生じる.このような幾何位相を利用した量子操作を幾何学的量子ゲート操作あるいはホロノミック量子ゲート操作と呼び,操作が間接的であるために通常の量子ビット空間を直接操作する手法(動的量子操作)よりも操作エラーに対して耐性がある.
量子トモグラフィー法による評価の結果,電子スピン,核スピンそれぞれに対する高精度の量子ゲート操作を実現できたことが確認できた.さらに,電子スピン–核スピン間の量子もつれを操作する2量子ゲート操作を合わせて,量子情報処理において必要とされる全てのゲート操作が実現できたことを確認した.
これらの結果は操作エラーに対して耐性をもち,かつ高精度な操作を可能にする新たな量子操作の手法を提言しただけでなく,ダイヤモンドNV中心の幾何学量子ビットを用いた量子中継器や量子コンピュータといったホロノミック量子デバイスの道を拓く.
陽子と中性子の二種の粒子で構成される原子核というシステムは,電子軌道と同様に殻構造をもつことが知られている.原子核が閉殻構造となるとき,周辺の同位体原子核よりも安定となる.具体的には,核子の結合エネルギーが大きく,半減期が相対的に長く,また第一励起エネルギーが高くなる.周辺の原子核よりも安定となる同位体の陽子数,または中性子数は歴史的に魔法数(Magic Number)と呼ばれ,2,8,20,28,50,82...であることが知られている.特に陽子・中性子数が共に魔法数となる原子核はその二重閉殻の性質ゆえに励起エネルギーが顕著に高くなることが知られ,二重魔法数核と呼ばれる.
近年の加速器技術の進歩により,中性子過剰で短寿命な原子核を生成し詳しく研究できるようになり,それまで不変だと考えられていた魔法数はむしろ陽子・中性子数比に応じて変化することが知られるようになった.従来の魔法数が失われたり,新たな魔法数が登場したりする現象が次々と発見されるようになると,中性子過剰な78Niの二重閉殻性が強く保存されているかどうかを知ることは原子核物理において一つの重要な課題となった.
原子核は核力で束縛された少数量子多体系であるため,理論的に正確な予測をすることが難しく,多くの場合なんらかの仮定に基づき単純化した模型によって性質を予測する.核子数が多く重たい原子核の場合は“凍った”二重魔法数核の外側の軌道に価核子が束縛されているという描像で記述される.中性子過剰な78Niの二重閉殻性を実験的に確定することは,さらに中性子比率が高い原子核の性質を予測し理解する上でも極めて重要である.さらには中性子星の合体や,超新星爆発において起こると考えられている重元素合成過程(r-プロセス)において78Niは開始点に位置するため,中性子過剰な原子核の性質がこれらの天体イベントを理解する上で鍵となる.
われわれは理化学研究所にある,世界最高強度の原子核(重イオン)ビームにより大量の不安定原子核を生成する能力を有する加速器施設,RIビームファクトリー(RIBF)においてインビームガンマ線(γ線)核分光の手法を用いて78Niの励起状態を世界で初めて観測した.実験では高強度の238Uビームから飛行核分裂反応により光速の60–70%の速度で生成される79Cuと80Znといった78Niよりも陽子を余分にもつ不安定原子核を,新たに開発した厚い液体水素標的システムに照射し,それぞれ一陽子,二陽子を抜き出す反応を起こすことで,78Niの励起状態を生成し,脱励起ガンマ線のエネルギーを測定した.79Cu由来の反応により観測された高いガンマ線のエネルギーは中性子過剰領域においても78Niの二重魔法性が健在である強い証拠となった.
一方で,80Znから二陽子を脱離する反応において,前出のものと同程度ながら異なるエネルギーのガンマ線遷移が強く観測された.このような励起状態の存在は予想外であり,「京」をはじめとした大型計算機による最先端の大規模理論計算が複数動員された.このうち2つの計算で実験結果と合致した.これらの解釈を統合すると,78Ni原子核が二重魔法数核に典型的に現れる「球形」の状態に加えて「ラグビーボール形状」の励起状態をとる,変形共存の性質(“柔らかさ”)をもち,しかも78Niよりもさらに中性子過剰な原子核において急速に魔法数が破れ,78Niが閉殻構造が失われる転換点となる可能性が示唆された.
グラフ分割,と言ってもあまり馴染みがないかもしれない.グラフ分割は,基本的には計算機科学・統計科学の対象であり,自然科学とは毛色が異なる面も存在するが,統計力学的なアプローチでの研究が近年も活発に進められている.
グラフ分割は,頂点と枝で構成されるグラフ(ネットワーク)から,いくつかの部分グラフに分割し,マクロなグループ構造を抽出する問題である.グラフ分割には,純粋に最適化問題としての定式化と,推論問題としての定式化の2種類が存在する.純粋な最適化問題とは,例えばグラフ上のコスト(もしくはエネルギー)最小化問題で,与えられた制約のもと,通信コストや消費電力等のコストが最小になるようにグループ分けする問題である.推論問題としてのグラフ分割とは,例えば人間関係・出版物の引用関係・遺伝子間関係・画像や地図上の要素間関係等のデータから,類似した特徴を持つグループを抽出するという問題である.
前者はコストの定義が明確で,とにかく最もコストが小さくなる解を見つけることが至上命題である.一方後者は,何をコストや制約とすべきかは明確ではなく,そもそも絶対的な正解というものが存在しない.自らコスト関数をデザインして評価する必要があり,そのためにはグラフデータがどのように生成されたものなのかという統計性も考慮する必要がある.前者に比べて後者はやたらと曖昧な問題であるが,そうは言っても社会データや画像データから特徴抽出をしたいというニーズは確固として存在する.
さらにグラフ分割は,通常,計算困難な問題になっており,最適解を求めることは技術的に困難である.そのため,使用しているアルゴリズムによってどの程度最適化がちゃんとできているのかの評価も難しい.
問題設定の曖昧性と計算困難性という,推論問題としてのグラフ分割が抱える二重の困難は,混沌とした研究の流れを生んだ.自然科学の問題と異なり,自らデザインしたコスト関数が実験結果を説明するという要請もないため,2000年代にはコミュニティ検出というテーマで膨大な数の手法提案論文が出版された.
しかし,手法だけ提案し,評価はいい加減にやっておけば良いというのでは科学として成り立たない.得られた分割結果はどの程度“正しい”のだろうか.このような推論問題に対しての真面目な取り扱いは,統計的有意性をちゃんと評価するということである.
正解としてのグループ構造を持つ人工的なグラフデータを,ランダムグラフモデルによって生成してみたとき,特定のアルゴリズムが出力する分割結果がどれだけ正解を当てられるかを考えよう.正解としてのグループ構造を一様な構造に近づけていくと次第にアルゴリズムの正解率が下がっていき,あるところで,完全ランダムに分割した場合と同程度の正解率しか得られなくなってしまう.すなわち,統計的に有意な解が得られなくなる.この限界を(アルゴリズミックな)検出限界と呼び,グラフサイズが無限大の極限で,相転移として捉えることができる.
興味深いことに,グラフが十分にスパースなときは,どれだけはっきりとしたグループ構造のグラフを生成したとしても検出限界を超えてしまうことがある.この場合,アルゴリズムは完全にその機能を失ってしまうため,「どうせ正解がないのだから」という言い訳が通用しなくなり,出力結果は“正しい”とは言えなくなる.このように,理論的な後ろ盾(やそれがないこと)を増やしていくことで,より精密な議論が可能になる.