日本物理学会誌
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最近の研究から
見る方向や光の偏光によって三色に変化する物質――特異な物性を示す複合アニオン化合物
平井 大悟郎廣井 善二
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2021 年 76 巻 10 号 p. 658-662

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抄録

物質が色をもつ理由には様々なものがある.例えば,光の波長程度の構造に由来する構造色や伝導電子によってもたらされる金属特有の光沢などがある.なかでも,宝石は様々な色で人類を魅了してきた.しかし実は,宝石として知られる無機結晶の多くは典型元素だけを主成分とし,純粋なものは無色透明である.様々な色は,微量に混じった遷移金属元素によりもたらされている.例えば,無色透明なアルミニウム酸化物のコランダムに,およそ1%以下のクロムが混じると赤い色のルビーとなり,鉄やチタンが混じると青いサファイアとなる.結晶中では遷移金属イオンのd軌道が分裂し,その分裂幅に対応したエネルギーをもつ光,つまり特定の色が吸収される.そして吸収された色の補色が,私たちの見ている宝石の色となる.d軌道の分裂幅や吸収の強さは,遷移金属イオンの周りの陰イオン(アニオン)の配置やその対称性に強く依存する.このため,同じクロムが入っていても,コランダムでは赤色のルビーに,緑柱石では緑色のエメラルドとなる.

ほとんどの宝石の色は1色だけだが,最近我々が合成した複合アニオン化合物Ca3ReO5Cl2は,ある方向から結晶を見ると茶色であり,それと垂直な方向から見ると緑色に見えるというユニークな光学特性を示す.さらに,入射光の偏光を結晶軸abcと平行にすると,それぞれ緑,赤,黄の3色に変化する.見る方向や入射光の偏光によって色が変化する光学特性は「多色性」とよばれ古くから知られているが,Ca3ReO5Cl2のような劇的な色の変化を示す物質は非常に珍しい.

Ca3ReO5Cl2の場合も,遷移金属元素であるRe(レニウム)のd軌道の分裂幅に対応した光が吸収され色がつく.特徴的なのは,入射光の偏光状態に応じて吸収される光のエネルギーが変化するという点である.この性質は,レニウムを二種類のアニオン,酸素と塩素が取り囲んでいるために生じることを私たちは明らかにした.

酸化物のように1種類しかアニオンを含まない物質では,ほとんどの場合d軌道は2つの準位にしか分裂しないので,1つのエネルギーの光しか吸収せず1色となる.Ca3ReO5Cl2では,2種類のアニオンが作る複雑な結晶場によってレニウムのd軌道は5つのばらばらなエネルギー準位に分裂し,様々なエネルギーの光を吸収できるようになる.さらに,d軌道と偏光の対称性の関係によって,光による電子励起が許される軌道が異なるため,光の偏光に応じて色が変わる.Ca3ReO5Cl2の多色性を生む電子状態の特徴は,複数のアニオンが陽イオンに配位する「複合アニオン化合物」では普遍的に見られるものである.

このように複合アニオン化合物では,1種類しかアニオンを含まない物質では実現が難しい,もしくは不可能な物性を実現できることがある.最近,複合アニオン化合物の物質開発が盛んに行われており,今後,ユニークな電子状態に起因した特異な物性のさらなる発見が期待される.

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