日本物理学会誌
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76 巻, 10 号
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巻頭言
目次
最近のトピックス
解説
  • 竹内 勇貴
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 10 号 p. 628-636
    発行日: 2021/10/05
    公開日: 2021/10/05
    ジャーナル フリー

    近年,Googleの研究チームによって行われた量子超越性の実証実験を発端に,量子コンピュータへの注目がさらに増している.古典力学に基づいた現在の古典コンピュータが情報を0,1のビットで表現するのに対して,量子コンピュータでは量子ビットとよばれる量子二準位系を用いる.そのため,重ね合わせやエンタングルメントなどの量子力学的性質を計算に利用することができ,量子系のシミュレーションの効率化などに繋がると期待されている.

    大規模でエラー訂正可能なフルスペックの量子コンピュータは未だ実現されていないが,小規模のものであればすでにIBM,Google,Rigetti Computing,中国科学技術大学の研究チームが超伝導を,IonQがイオントラップを用いて実現している.これらの量子コンピュータは,量子回路モデル(または量子ゲート方式)とよばれる量子計算モデルを基にして構築されている.このモデルでは,最初に複数の量子ビットを準備し,それらに量子ゲートとよばれる量子操作を行うことで量子計算を実現しており,古典計算のアナロジーとして捉えることができる.

    しかし,様々な物理系で量子コンピュータを構築することを考えたとき,量子回路モデルとの相性がよくない場合がある.そのため,量子回路モデルと計算能力の意味では等価だが計算方法が全く異なる量子計算モデルが複数提案されており,それらは量子コンピュータの新たなアーキテクチャを提供してくれる.その中でも特に有望なのが,測定型量子計算という量子計算特有のモデルである.本モデルでは,はじめに適切なエンタングル状態を準備し,それを1量子ビットずつ測定するだけで任意の量子計算を行うことができる.重要な特徴として,計算内容に依存して変わるのは測定のパターンだけであり,最初に準備するエンタングル状態の形は内容に依存しない.計算内容に無依存な部分とそうでない部分に分割できるという性質は,量子回路モデルにはない測定型量子計算特有の性質である.また,測定型量子計算とイジングモデルの分配関数やSPT相が関連していることもわかっており,量子計算と物性物理の関係性の深化にも貢献している.

    測定型量子計算を実現したいと考えたとき,計算内容に依存しないエンタングル状態の準備は,量子アルゴリズムを走らせる前に成功するまで繰り返せばよく,多少複雑でも問題ないと言える.一方で,その後に行う測定は量子アルゴリズムを走らせることに相当するため,可能な限り簡易に行えることが望ましい.このような背景から,必要な測定の種類を削減するための様々な取り組みが行われてきた.

    我々は新たなハイパーグラフ状態を発見することで,必要な測定を2種類のパウリ測定にまで削減できることを理論的に示した.また,我々のハイパーグラフ状態は,どれだけの精度で正しく準備できているかのチェックも同じ2種類のパウリ測定だけで効率よく行える.そのため,我々が提案した測定型量子計算は,計算とその結果のチェックを2種類のパウリ測定だけで効率よく行える簡易性の高いものになっている.本成果は,大規模でエラー訂正可能なフルスペックの測定型量子計算の実現を促進するものであると期待できる.

  • 榎戸 輝揚, 安武 伸俊
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 10 号 p. 637-645
    発行日: 2021/10/05
    公開日: 2021/10/05
    ジャーナル フリー

    中性子星は,太陽よりも1桁大きな質量の恒星が寿命を迎え,重力崩壊して残される高密度(コンパクト)天体である.半径10 kmほどの中性子星が太陽の1.4倍もの質量をもつため,内部は原子核の密度を超える高密度となる.中性子星は,およそ半世紀前に周期的に電波で明滅するパルサーとして発見され,これまでに銀河系や近傍の銀河に2,800個を超える天体が見つかっている.中性子星は表面から放出される光が曲がるほどの強い重力場をもち,量子電磁力学における臨界磁場を超える強磁場の物理現象が発現するなど,極限物理の実験室である.そのため,天文学のみならず基礎物理の観点からも関心がもたれている.

    中性子星が理論的に提唱された時代から,この奇妙な星内部の高密度な核物質の状態方程式の解明は,重要な未解決問題であり続けてきた.星の中心部は,地上の原子核実験では到達できない密度領域にある.状態方程式のミクロな密度と圧力は,天体の内部構造を考えて積分すると,中性子星の質量と半径のマクロな物理量に対応する.したがって,質量と半径を宇宙観測で測定することで内部の状態を調べることができる.このように中性子星は,天文学と原子核物理の融合的な研究対象といえる.

    天体の質量は,連星運動をするパルサーの規則的な電波パルスの測定から精度よく求められる場合も多い.一方,電波放射が星表面から離れた磁気圏に由来するため,電波では天体の半径を探ることができない.中性子星の表面からの熱的放射に相当するX線の観測が必要になる.しかし,表面からの放射は,大気組成,磁場による表面温度の非一様性,放射領域の形状や,磁気圏放射の混入などの不定性に加え,天文学では常に大きな問題となる天体までの距離測定の難しさもあり,信頼性のある測定が難しかった.

    近年の多波長観測の進展により,中性子星の観測的特徴の理解が進み,その多様性は「中性子星の動物園」とよばれるようになった.このような観測的多様性は,天体の質量と半径の違いのみならず,中性子星の表面磁場の強度や構造,温度分布,自転周期などの違いによって生み出されたもので,質量と半径の測定を行うときには邪魔な不定性を生み出しうる.しかし,これらの特徴を注意深く理解していくことで,いくつかの種族の天体やそこで起きる現象をうまく利用して,中性子星の質量と半径を測定できることがわかり,複数の有効な手法が提案されるようになってきた.

    国際宇宙ステーションに搭載されたX線望遠鏡NICER(Neutron star Interior Composition ExploreR)は,高い集光能力を活かして複数のミリ秒パルサーを観測し,gravitational light-bendingを用いた中性子星の質量と半径の測定から,状態方程式を明らかにするプロジェクトである.打ち上げ後,手始めに4.87ミリ秒で自転する孤立中性子星PSR J0030+0451で10%の精度で質量と半径を測定した.さらに,シャピロ遅れの電波観測から,連星中のミリ秒パルサーで質量が太陽の2倍を超えると明らかになったPSR J0740+6620の測定も報告され,今後の観測例の増加が期待できる.さらに,近年の地上の原子核実験や連星中性子星の合体による重力波を用いた測定なども組み合わせると,中性子星の高密度物質の状態方程式がだんだんと絞り込まれ,新たな研究段階に入りつつある.

最近の研究から
  • 戸川 欣彦
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 10 号 p. 646-651
    発行日: 2021/10/05
    公開日: 2021/10/05
    ジャーナル フリー

    カイラリティ(chirality)の概念は素粒子から生態系まで自然界の様々な階層に見出される.物質科学ではケルビン卿による定義が広く受け入れられている.それは鏡の中では互いに映しあうが実際には重ね合わせることができない関係を意味している.

    この幾何学的な定義に従うカイラルな構造といえば,まずは左手と右手を思い浮かべる.続いて,ねじやDNAなどのらせん構造であろう.らせんは右巻きや左巻きを示す.確かにカイラルな構造だ.

    さて,らせんな階段を歩めば,廻りながら階段を進む.また,ねじを廻せば,ねじ穴を進む.「進むと廻る,廻ると進む.」この関係はらせんを含むカイラルな構造の本質を考えるうえでとても示唆的である.

    この特徴は1980年代にローレンス・バロンが提唱した時間反転対称性を含むカイラリティの定義につながる.そこでは,静的な構造のみならず動的な特性を含めて議論する.自然光学活性を動的なカイラル応答として明確に位置づけ,よく混同される磁気旋光性(ファラデー効果)と峻別する.

    著者たちの研究グループは,静的・動的なカイラリティ概念の普遍性に触発されて,物質が示すカイラリティとスピン応答の関係を調べている.これまで取り組んできたカイラル磁性の研究では,カイラルな結晶構造をもつ磁性結晶が巨視的なスピン応答を引き起こすことを明らかにした.例えば,磁気抵抗は巨大化,離散・多値化し,磁気共鳴は離散化,広帯域化,多モード化する.

    これはカイラル磁性結晶に巨視的なスピン位相秩序が現れるためだ.磁気モーメントがらせん状に連なって配列するカイラルらせん磁気構造がゼロ磁場で現れる.重要なことに,結晶カイラリティがこのカイラルな磁気構造を保護する.そのため,カイラルスピン秩序はらせん軸に沿い試料全体に亘って一様に現れる.安定に存在し,集団で一体となって振舞う.この振舞いは単軸性結晶において顕著となる.

    その磁場応答はさらに特徴的だ.ゼロ磁場で数nmから数十nmのらせん周期は磁場中で周期性を保ちながら試料サイズまで大きくなる.つまり,磁場強度に応じてらせんの巻き数が変わる.外部磁場で制御可能なトポロジカル数を得る.カイラルスピンソリトン格子とよばれるこのスピン位相秩序は,強磁性体にしばしば現れる磁気縞ドメイン構造とは根本的に異なり,巨視的な空間スケールでコヒーレントに振舞う.

    磁気抵抗や磁気共鳴は,スピン位相秩序のコヒーレントでトポロジカルな特性を反映して,多様なスピン応答を示す.カイラル物質は磁場や電流の向きに応じてダイオードのような整流効果を示す.カイラルスピン秩序は電気磁気カイラル効果とよばれるこの非相反応答を巨大化する.

    さらに著者たちはごく最近,カイラル結晶に電流を流すとその電流がスピン偏極することを見出した.結晶は磁気を示さないにもかかわらず,スピンが揃い,結晶内を伝わる.電流がスピン偏極状態を引き起こし,電圧信号として検出できる.室温で生じ,磁石や磁場を用いる必要がない.結晶がカイラルであることのみに由来する効果であり,有機分子から無機結晶に亘る多様なカイラル物質が示す普遍的な性質である.

    カイラルな物質が巨視的なスピン応答を示すことがわかりつつある.いずれも「カイラル結晶では単位格子での空間反転対称性の破れが結晶全体に波及し巨視的なスピン応答を引き起こすこと」を示している.すなわち,物質におけるカイラリティは巨視的スケールで物質応答を制御する鍵となる.カイラル物質の多様さを踏まえれば,生物・化学・物理系の広範な研究者らが参画する学際的な研究テーマとなりうる.今まさに“カイラルスピン物質科学”とよぶべき新たな研究領域が息吹きつつある.

  • 田村 亮, 長谷 正司, 福島 孝治
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 10 号 p. 652-657
    発行日: 2021/10/05
    公開日: 2021/10/05
    ジャーナル フリー

    「物質のハミルトニアンを知りたい」,物性研究者なら誰でも思うことだろう.しかし,対象物質の実験結果を説明できるハミルトニアンを構築するのは,一筋縄にはいかない.ハミルトニアンの関数系,含まれるパラメータ値を決定するためには,多くの試行錯誤が必要となるためである.この煩雑な作業を回避するにはどうしたらよいだろうか.近年注目されている機械学習をはじめとしたデータ駆動手法の利用が一つの道筋だろう.我々は機械学習を利用することで,実験・観測データからハミルトニアンを推定する手法を開発した.

    ハミルトニアンを推定するために,実験データが与えられた際のハミルトニアンの事後確率を定義する.ベイズ推定を利用することで,この事後確率は,ハミルトニアンが与えられた際の測定ノイズを含めた実験データの尤度(計算物質科学手法により評価可能)および事前分布で表すことができる.事前分布は,推定するハミルトニアンに対する事前知識を表し,推定対象に適した分布を導入する必要がある.このようにして定義された事後確率を最大とするハミルトニアンが最も実験・観測データを説明できると推定される.

    しかしながら,この事後確率の最大条件探索は,使用する計算物質科学手法によっては簡単ではない.あるパラメータの組における事後確率の値は,対象とする物理量を計算物質科学手法により評価することで得られる.そのため,計算に時間がかかる場合,最大条件を見つけるのは困難である.これを克服するために,機械学習が使える.機械学習を利用することでできるだけ少ない試行回数でよりよい条件を探索することができるベイズ最適化を,事後確率の最大条件探索に利用した.テストケースとして,1次元量子スピン系に対して適用した.ベイズ最適化を用いることで,物理学でよく利用されるマルコフ連鎖モンテカルロ法や勾配法よりも物理量の計算回数が少なくても,よりよい最大条件を見つけ出せることがわかった.

    一方で,ベイズ最適化を用いると実験データを説明できるハミルトニアンを高速に導出することはできるが,事後確率の最大条件だけでは,観測ノイズを見積もることはできない.そこで,マルコフ連鎖モンテカルロ法によって事後確率を詳しく解析することで観測ノイズを求め,推定されたハミルトニアンに誤差をつける手法を開発した.

    このように開発された手法の有用性を示すために,実際の実験系への適用として,低次元量子スピン系KCu4P3O12に対して高磁場測定で得られた磁化過程および帯磁率の実験結果から,スピンハミルトニアンを推定した.その結果,推定されたスピンハミルトニアンは,実験データをよく再現できた.また,磁気的相互作用の誤差も見積もることができた.

    推定されたスピンハミルトニアンを用いることで,実験室レベルでは直接見積もることが難しい,スピンギャップや磁気エントロピーなども予測することができる.つまり,“高価”な実験なしに物質を理解できるため,ハミルトニアン推定は物質開発のコスト削減に繋がり,新物質の発見を加速させるだろう.また,この手法は,ハミルトニアンが定義でき,入力する実験・観測データを計算できる計算手法があれば利用することができる.物理学における様々な分野において,広く応用できる手法である.

  • 平井 大悟郎, 廣井 善二
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 10 号 p. 658-662
    発行日: 2021/10/05
    公開日: 2021/10/05
    ジャーナル フリー

    物質が色をもつ理由には様々なものがある.例えば,光の波長程度の構造に由来する構造色や伝導電子によってもたらされる金属特有の光沢などがある.なかでも,宝石は様々な色で人類を魅了してきた.しかし実は,宝石として知られる無機結晶の多くは典型元素だけを主成分とし,純粋なものは無色透明である.様々な色は,微量に混じった遷移金属元素によりもたらされている.例えば,無色透明なアルミニウム酸化物のコランダムに,およそ1%以下のクロムが混じると赤い色のルビーとなり,鉄やチタンが混じると青いサファイアとなる.結晶中では遷移金属イオンのd軌道が分裂し,その分裂幅に対応したエネルギーをもつ光,つまり特定の色が吸収される.そして吸収された色の補色が,私たちの見ている宝石の色となる.d軌道の分裂幅や吸収の強さは,遷移金属イオンの周りの陰イオン(アニオン)の配置やその対称性に強く依存する.このため,同じクロムが入っていても,コランダムでは赤色のルビーに,緑柱石では緑色のエメラルドとなる.

    ほとんどの宝石の色は1色だけだが,最近我々が合成した複合アニオン化合物Ca3ReO5Cl2は,ある方向から結晶を見ると茶色であり,それと垂直な方向から見ると緑色に見えるというユニークな光学特性を示す.さらに,入射光の偏光を結晶軸abcと平行にすると,それぞれ緑,赤,黄の3色に変化する.見る方向や入射光の偏光によって色が変化する光学特性は「多色性」とよばれ古くから知られているが,Ca3ReO5Cl2のような劇的な色の変化を示す物質は非常に珍しい.

    Ca3ReO5Cl2の場合も,遷移金属元素であるRe(レニウム)のd軌道の分裂幅に対応した光が吸収され色がつく.特徴的なのは,入射光の偏光状態に応じて吸収される光のエネルギーが変化するという点である.この性質は,レニウムを二種類のアニオン,酸素と塩素が取り囲んでいるために生じることを私たちは明らかにした.

    酸化物のように1種類しかアニオンを含まない物質では,ほとんどの場合d軌道は2つの準位にしか分裂しないので,1つのエネルギーの光しか吸収せず1色となる.Ca3ReO5Cl2では,2種類のアニオンが作る複雑な結晶場によってレニウムのd軌道は5つのばらばらなエネルギー準位に分裂し,様々なエネルギーの光を吸収できるようになる.さらに,d軌道と偏光の対称性の関係によって,光による電子励起が許される軌道が異なるため,光の偏光に応じて色が変わる.Ca3ReO5Cl2の多色性を生む電子状態の特徴は,複数のアニオンが陽イオンに配位する「複合アニオン化合物」では普遍的に見られるものである.

    このように複合アニオン化合物では,1種類しかアニオンを含まない物質では実現が難しい,もしくは不可能な物性を実現できることがある.最近,複合アニオン化合物の物質開発が盛んに行われており,今後,ユニークな電子状態に起因した特異な物性のさらなる発見が期待される.

  • 畝山 多加志
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 10 号 p. 663-668
    発行日: 2021/10/05
    公開日: 2021/10/05
    ジャーナル フリー

    物性の研究ではマクロスケールの(巨視的な)物性について測定や解析が行われることが多い.マクロスケールの物質の示す複雑な緩和や応答も元をたどれば究極的にはミクロスケールの(微視的な)分子や原子の構造に還元できると期待される.これは物理(特に統計力学)の考え方としては標準的なものであろう.ソフトマターのように構成要素が複雑な場合には,ミクロスケールとマクロスケールの中間であるメソスケールにおいて特徴的な構造や運動をもつことがある.この場合もやはりメソスケールの挙動は究極的にはミクロスケールに還元できると考えられる.

    原理的には分子や原子の初期状態の位置と運動量がわかれば系の時間発展は一意に決まるのだから,メソスケールだろうとマクロスケールだろうとミクロスケールの情報からすべて計算が可能なように思える.もちろん,初期状態を完全に知ることはできないし,カオス的な振る舞いもあるため状況はそこまで単純ではない.メソスケールの運動や緩和,あるいはメソスケールの情報を強く反映するマクロスケールの物性を理解するには,メソスケールの運動を直接的に記述し解析することが望ましい.これはミクロスケールの情報のうち興味ある一部の情報(着目する粒子の位置や運動量)のみを取り出す粗視化とよばれる手法を用いて実現できる.粗視化によって消える自由度の効果は系統的に取り込め,未知の初期状態の影響はランダムな揺動力という形で運動方程式中に現れる.このランダムな揺動力がBrown運動の起源となり,粒子の運動の軌跡は不規則な形状を呈することになる.さらに,粒子の感じるポテンシャルや時間遅れの効果等を取り込むことで,メソスケールの運動の一般的記述が可能になるとされている.

    ところが,このような手法で十分に一般的なメソスケールの運動を記述可能かというと,実はそうではない.既存の手法で記述不可能な対象が少なからず存在するのである.例えば,高分子の運動は分子同士が互いにすり抜けられないという動的な拘束のために単純な形では記述できない.近年,そのようなある種の特殊なBrown運動の記述について,新しい視点からのモデル化や理解が進展しつつある.メソスケールの系を記述する際に通常着目する自由度である位置や運動量に加えて,拡散係数やポテンシャルといった量も自由度として考慮するというものである.

    従来の方法では,拡散係数やポテンシャルは環境の効果を平均化したものであり,平均値からのずれがランダムな揺動力として取り扱われていた.これに対して,新しい方法では,拡散係数やポテンシャル自体が時々刻々と変化する環境の影響を受けてランダムに変化する量であるとする.一見,ランダムに変化する部分が変わっただけでさほどの影響がないように思えるかもしれないが,ゆらぐ拡散係数やポテンシャルを使うことで従来の方法とは定性的に異なる運動を記述することができる.

    ゆらぐ拡散係数やポテンシャルを用いた新しい方法は新しい運動方程式のクラスを形成しているものと考えられる.新しい方法はソフトマターをはじめとしたさまざまな系に適用できるものと期待される.例えば,高分子の動的な拘束を表現するために各論的・現象論的にさまざまな運動モデルが提案されているが,これらをゆらぐ拡散係数やポテンシャルを使った枠組みで統一的に解釈し直すことができる.また,過冷却液体中の分子の示す一時的にトラップされるような運動も,新しい方法を用いることで単純な形で記述することができる.

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