日本物理学会誌
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最近の研究から
ブロック層を利用した多彩なディラック電子系物質の開拓――磁性・極性とのカップリング
酒井 英明
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2021 年 76 巻 11 号 p. 729-734

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抄録

系の対称性やトポロジー,内在する相互作用により,電子状態が相対論的ディラック方程式で記述される物質が見出され,注目を集めている.このような準粒子はディラック電子と呼ばれ,光速近くまで加速された電子と同様に,エネルギーが運動量に比例する分散関係をもつため,通常の金属や半導体にない伝導特性を示す.三次元系ではビスマス,二次元系では単層グラフェンが好例であり,いずれの物質も伝導キャリアが外部擾乱に影響されにくいため,シリコンを凌ぐ高い易動度を有する.また磁場中では,ディラック点に固定された特異なランダウ準位が現れるため,グラフェンでは通常の「整数」でなく,「半整数」の量子ホール効果が発現する.

さらに最近では,固体中の様々な量子現象(磁性,強誘電性,電子相関など)とディラック電子のカップリングがもたらす新しい物理や物性も精力的に探索されている.例えば,磁性トポロジカル絶縁体薄膜での量子異常ホール効果や,空間反転対称性の破れや磁気秩序に起因するディラック電子を有する(半)金属での巨大な異常ホール効果(または熱流版の異常ネルンスト効果)が観測され,基礎と応用の両面から期待が高まっている.このため強相関ディラック電子系の物質開拓は急務とされているが,従来の系はそれぞれ独自の結晶・電子構造を有しており,単発的な発見であった.これに対し我々は,ブロック層の概念を利用することで,系統的に多彩なディラック電子系の開拓を行った.これまで,超伝導体や熱電物質などの幅広い層状物質においてブロック層の元素や構造を変化させることで,主要な物性を保持したまま,バンド幅や異方性などのパラメータ制御がなされてきた.筆者は,このブロック層の概念を適用できるディラック電子系として層状物質AMn X2A=アルカリ土類,希土類,X=Sb,Bi)に着目した.本物質系は,ディラック電子を担うX 正方格子層とA2+–Mn2+X 3-からなる絶縁ブロック層が積層した構造を有し,基本物質A=Srでは,スピン縮退した擬二次元ディラック電子がバルク状態として形成される.このため,Aサイトの元素を置換することにより,ディラック電子が磁性や極性(強誘電性)とカップルする物質を創製できる.

まず,スピンをもつEuでAサイトを置換した物質では,高易動度を保ったまま,Eu層の反強磁性秩序に依存して電気抵抗率が約一桁変化する.量子振動の解析とバンド計算の結果,Euスピンとの交換相互作用によりディラック電子バンドに大きなスピン分裂が誘起されることがわかり,微視的状態の変化も明らかとなった.

次に,Srよりもイオン半径が大きいBaでAサイトを置換した物質では,X 正方格子がわずかに歪み,面内方向に極性が生じる.この結果,スピン軌道結合により波数に依存したスピン分裂がディラック電子バンドに生じ,スピン・バレー結合状態が実現する.バルクにもかかわらず半整数量子ホール効果が観測され,X 層あたりのホール伝導度が,各バレーで完全スピン偏極した状態と整合する量子化を示すことが明らかとなった.

本物質系では,このようにスピン・バレー・トポロジーが相関する量子伝導をバルクで実現できるため,元素置換などによる系統的な制御を通じその物理を深化させ,さらなる新奇物性の開拓が期待される.

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