日本物理学会誌
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最近の研究から
有機超伝導体λ-(BETS)2 GaCl4の超伝導相近傍の相図
小林 拓矢河本 充司
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2021 年 76 巻 7 号 p. 450-455

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抄録

有機導体においては,有機分子と陽イオンまたは陰イオンが結晶を構成することで,それらの間に電子の移動が起こり,有機分子が形成するエネルギーバンドが部分充填状態になる.これにより,通常はバンドが完全に埋まっている有機物であっても金属的振る舞いを示すようになる.興味深い点としては,有機導体は金属になるだけでなく,反強磁性や電荷秩序,超伝導など多彩な電子状態を示す.これは結晶中におけるバンド幅が無機物質に比べて小さく,クーロン反発と拮抗し,電子相関が重要になるためである.そのため有機導体は,金属–Mott絶縁体転移など電子相関を研究するうえで恰好の舞台である.

最も代表的な有機導体として,κ-(BEDT-TTF)2 Xがある.Xは1価の陰イオンであり,2つのBEDT-TTF分子がダイマーを形成することで実効的に1/ 2充填になる.電子状態はオンサイトクーロン反発Uとバンド幅Wの比で決まり,U /Wが大きいときはオンサイトクーロン反発によってキャリアが局在化するMott絶縁体,小さいときは金属となる.またMott絶縁体の基底状態は反強磁性絶縁体であり,これに隣接して超伝導が発現する.そこで発現する超伝導は,異方的超伝導ギャップ,巨大な超伝導揺らぎ領域,Pauli極限を超えた高磁場において超伝導ギャップが空間変調するFulde–Ferrell–Larkin–Ovchinnikov(FFLO)超伝導などを示すことから,多くの研究者によって調べられてきた.また,超伝導と反強磁性が隣接することから,超伝導メカニズムとしてスピン揺らぎの重要性が理論的にも実験的にも指摘されてきた.

λ-(BETS)2 Xも,κ型塩と同様にダイマーを形成した1/ 2充填の系であり,類似した性質をもつ一方で,他では見られない特異な物性も観測されている.λ-(BETS)2 FeCl4は常圧下の基底状態は反強磁性絶縁体であるが,磁場や圧力印加によって超伝導が誘起する.またその超伝導相に隣接してFFLO超伝導相があることが示唆されている.FeをGaに置き換えると,常圧で超伝導を示すことに加え,上部臨界磁場近傍でFFLO超伝導が観測され,超伝導ギャップの対称性も異方的であることがいくつかの実験から指摘されている.

これらの超伝導メカニズムを議論するうえで隣接電子相が重要になるが,κ型塩で確立されているような統一相図はない.また常磁性状態についての情報もほとんどないという現状であった.その原因としては,電子状態を調べる最適なプローブがないことが挙げられる.λ型塩において電子状態を調べる方法の一つとして,1H,77Se-NMR測定は行われていたが,電子系との結合が小さい,もしくは線幅が広いなどの問題があり,十分な理解は進んでいなかった.そこで我々は,BEDT-TTF分子からなる有機導体で確立されてきた,TTF骨格の中心C=Cにおける片側13C置換NMR法をλ-(BETS)2 GaCl4に対して行った.本研究では,有機超伝導体λ-(BETS)2 GaCl4とその隣接相に位置するλ-(BETS)2 GaCl3.25 Br0.7513C-NMR測定および有機導体では新しいアプローチである絶縁層での69,71Ga-NMR測定を行い,超伝導相に隣接してスピン密度波相があること,超伝導転移直上においてスピン密度波揺らぎが存在することを明らかにした.また超伝導ギャップの対称性としてd波であることがわかった.

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