日本物理学会誌
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最近の研究から
孤立量子系の粒子数揺らぎに現れる界面粗さスケーリング
藤本 和也濱崎 立資川口 由紀
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2021 年 76 巻 8 号 p. 517-522

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抄録

私たちをとりまく自然に目を向けると,その多くが時間とともに変化していることに気づくであろう.このような非平衡現象をどのように理解すればよいのか,その探求が長年行われてきた.さまざまな試みがあるなかで,これまで物理量の揺らぎに注目した研究が活発に行われ,いくつかの現象において系の詳細に依存しない普遍的な振る舞いが現れることが明らかにされている.そのイメージしやすい例が乱流かと思う.乱れた流れの中では速度場が時間・空間的に大きく揺らいでいる.この揺らぎの相関関数にスケール不変なべき則が現れることが知られており,さまざまな流体系で同一のべき指数が観測されている.

このような非平衡揺らぎの普遍性を探求する場として,界面成長ダイナミクスがこれまで重要な役割を果たしてきた.界面成長は平均界面からのずれを定量化した界面粗さで特徴づけられ,いくつかの理論モデルにおいて界面粗さが動的スケーリング則を示すことが知られている.このスケーリング則はFamily–Vicsekスケーリングとよばれており,3つのべき指数が界面成長ダイナミクスの普遍性クラスを規定する.有名なクラスがKardar–Parisi–Zhang(KPZ)クラスであり,KPZ方程式の厳密解からべき指数のみならず界面揺らぎの分布の性質までも明らかにされている.さらに液晶を用いた実験において,これら理論結果が見事に観測されており,界面成長を舞台にして,非平衡現象の背後に存在する普遍性の数理が実験・理論の両側面から現在進行形で明らかにされている.

それでは,界面成長の普遍的な物理は量子系のダイナミクスにおいても存在するのだろうか.最近,この問いと関係する話題として,いくつかの量子系においてKPZクラスに対応するスケーリング則が現れることが理論的にわかってきた.具体的には,Bose粒子系の粒子数や量子スピン系のスピンの相関関数に,KPZクラスに対応した(Family–Vicsekスケーリングとは異なる)スケーリング則が現れることが報告された.また,励起子ポラリトンBose凝縮体では,巨視的波動関数の位相揺らぎにFamily–Vicsekスケーリングが現れることが明らかにされた.しかし,これらの先行研究においてBose系は平均場近似に基づいており,また量子スピン系では無限温度状態を考えているため,量子揺らぎがダイナミクスにどの程度影響しているかはよく理解されていない.さらに,これらの量子系における“界面高さ”に相当する物理量(すなわちエルミート演算子)は自明ではなく,量子系と界面成長の対応関係は不明瞭な状況にあった.

このような背景のもと,著者たちは1次元Bose–Hubbard模型で記述される孤立量子系において,各サイトで定義された粒子数揺らぎの部分和として界面高さ演算子を新たに定義し,その2次キュムラントである界面粗さがFamily–Vicsekスケーリングに従うことを理論的に発見した.この研究では従来の平均場近似が適用できない相互作用領域を考えており,また初期状態は純粋状態を用いているため,初期の量子揺らぎのみに駆動されて界面粗さが成長する.本研究は,界面高さ演算子を通じて量子系と界面成長の関係をより明確にし,量子ダイナミクスの普遍性に関する新しい視点を与えると著者たちは考えている.

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