日本物理学会誌
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最近の研究から
ポンプ・プローブ超解像顕微法――蛍光,誘導放出,光熱多モードの実現
小林 孝嘉
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2022 年 77 巻 12 号 p. 811-816

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抄録

細胞は生物体の構造を構成する単位であり,単細胞生物は細胞単体で,多細胞生物はそれらが統合して組織,器官をつくり,精緻な機能を持つようになる.多細胞生物の場合,多種の細胞がそれぞれ役割分担をして,それぞれが機能している.しかも一つの細胞内でもそれを構成する機能分子・高分子・分子集合体の動態は不均一性,非定常性を有する.このように多様な生物の営む生理現象を微視的(microscopic)に解明する手段として,最も適しているのは光学顕微鏡である.その理由は,不均一な生態系を非破壊に光の波長程度の分解能で観察することが可能なためである.

光学顕微鏡の歴史は300年以上前にさかのぼる.17世紀後半にオランダでアントニー=レーウエンフック(Antonie van Leeuwenhoek)は自身の発明した単眼式顕微鏡を用いて,植物などから自然発生していると考えられていた微生物が卵から発生していることを発見し,さらに微生物にも生死があることを確認した.しかしながらこのような構造の詳細を光学顕微鏡で見ることは,その解像度の制限により非常に困難であった.

このような詳細な構造を見るためには,光の波長の~1/100の空間解像度を持つ電子顕微鏡を使わざるを得なかったが,試料を極低温に冷却して観察する必要があるため,生きたままで細胞のイメージを撮ることは困難である.

2014年に,光学顕微鏡の限られた解像度の問題を克服する超解像顕微鏡を開発した3研究グループがノーベル化学賞を受賞した.しかしながら,それらは蛍光顕微鏡を基礎とするもので,ほとんどの動物の組織は非蛍光性であるので特殊な蛍光色素,蛍光蛋白の誘導を必要とするある種の破壊的測定である.そのため,観察したい生体組織に蛍光体を導入することによる物理・化学的相互作用による構造変化が問題となることが考えられる.

今回,我々はこの欠点を解消するために,ポンプ・プローブ(レーザー)顕微法を開発した.すなわち,この手法は,4種の観測モードを同じ光学系を切り替えることで多種の観察対象に適用できる柔軟な多モードイメージ法(①誘導放出法,②誘導放出蛍光強度減退法,③光熱法,④誘導放出寿命法)である.これらは,蛍光性の高い試料,低い試料など種々の試料の特性によって使い分けることも,複数の手法を組み合わせることもできる.

さらに本研究では,ポンプビーム光の光路に設計した空間開口フィルターを加える改良により,仮想的な無限に小さい対象の顕微像の広がりで表す性能指数である「PSF(Point Spread Function)の半値幅」で138 nmを達成した.特に①誘導放出法と③光熱法の2法は,①誘導放出過程で増幅されることによるプローブ光強度の増加量,③吸収されたポンプ光の光熱効果により微弱な温度上昇による屈折率の変化量,の各々がわずか2–3%でも検出可能な高感度特性を有する.

通常の自然放出蛍光顕微鏡法では,分子の自然放出蛍光が全空間方位に放射され検出器方向に出射される割合が低いのに比べ,指向性を持つプローブ光線方向に配置した光検出器の捕集効率が高いので,この高感度特性は①③によるプローブ光強度・屈折率の変化に敏感であることによる.これらの方法によりアルツハイマーによる脳内病変を持つマウス病理脳切片のアミロイドβと出血の同時超解像イメージングに初めて成功した.

以上に説明した圧倒的な利点を持つポンプ・プローブ顕微法は,今後,一般の生物学や医学の実用的分野で広く用いられていくであろう.

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