日本物理学会誌
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最近の研究から
非エルミート系におけるブロッホバンド理論
横溝 和樹村上 修一
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2022 年 77 巻 5 号 p. 293-297

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抄録

近年の実験技術の発展により,外部環境と相互作用する非平衡系の研究が大きく進展している.特に,外部環境の自由度を消去することで非平衡系を非エルミートハミルトニアンで有効的に記述できる.このような非平衡系は非エルミート系と呼ばれ,平衡系では見られない豊かな物理を示す.

よく知られた例として非平衡系の境界条件への鋭敏性が挙げられる.例えば,平衡系では系が十分に大きければ任意の境界条件の下での物理は変わらない.この事実は,ブロッホの定理による物質の電子のバンド構造の計算を可能にする.一方,非平衡系では境界条件の選択が物理に重要となる場合がある.当然,このことは非エルミート系にも当てはまる.境界条件鋭敏性によって見られる現象の1つに非エルミート表皮効果が挙げられる.周期ポテンシャル中の非エルミート系において,この効果により,開放境界条件の下でのバルクの固有状態は系の端に局在する.

したがって,非エルミート系の解析には注意が必要になる.一般に,周期境界条件と開放境界条件それぞれの下でのエネルギーバンドは全く異なる.前者はブロッホの定理から計算できる.一方,後者はどのように計算すればよいか知られていなかった.その結果,非エルミート系においてはバルクエッジ対応が破れると考えられていた.

本研究では周期ポテンシャル中の非エルミート系に着目し,開放境界条件の下でのエネルギーバンドの計算方法を構築した.これが非エルミート系におけるブロッホバンド理論である.この理論は,有限サイズの系のエネルギー準位が,熱力学極限ではある幅をもつ連続的なバンドを形成するという点に着目する.そして,このエネルギーバンドは複素数の値を取るブロッホ波数から与えられる.エルミート系の場合にブロッホ波数kが実数の値を取ることと比較すると,複素ブロッホ波数kは非エルミート系に特有である.また,複素ブロッホ波数kに対して,β≡eikの集合は複素平面上で閉曲線をなす.この閉曲線を一般化ブリルアンゾーンと呼ぶ.

一般化ブリルアンゾーンはエルミート系では必ず単位円であるが,非エルミート系では一般に微分不可能点をもつ閉曲線となる.また,系のパラメータに依存してその形状が変化する.さらに,大きなサイズの系に対する数値対角化を実行することなく,開放境界条件の下でのエネルギーバンドの漸近形を求めることができる.重要なことは,この結果は系の端の状況に依存しないことである.また,その他にも様々な物理が一般化ブリルアンゾーンから明らかになる.例えば,一般化ブリルアンゾーンから定義されたトポロジカル不変量はトポロジカルエッジ状態の存在を予言することができる.実際,量子光学系における実験によって一般化ブリルアンゾーンを用いたトポロジカルエッジ状態の出現の予測が正しいことが実証されている.

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