日本物理学会誌
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最近の研究から
ユウロピウム(Eu)化合物における圧力誘起価数転移と重い電子状態
竹内 徹也辺土 正人本多 史憲大貫 惇睦
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2023 年 78 巻 1 号 p. 28-33

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抄録

多くのユウロピウム(Eu)化合物はEu2+(4 f 7L=0,SJ=7/ 2)の電子状態をとり磁気秩序を示すが,一部の化合物ではEu3+(4 f 6LS=3,J=0)の非磁性基底状態をとる場合もある.Eu2+とEu3+の電子状態のエネルギーは近いため,Eu化合物ではEuイオンの原子価(価数)揺動状態や価数転移もしばしば観測される.

Euイオンの価数揺動に関する研究は,これまで半世紀にわたり精力的に行われてきた.しかし実際に価数揺動や価数転移が報告されている物質は多くはなく,そのほとんどが多結晶試料による研究である.Eu化合物における詳細な研究が難しい理由の一つに,試料育成の難しさがある.特にEu元素は蒸気圧が高く酸化も激しい.また価数揺動を示す物質には融点が高いものもあり,単結晶試料の育成はより一層困難になる.

1979年以降にセリウム(Ce)やウラン(U)を含む化合物で重い電子(ヘビーフェルミオン)が関与する非従来型の超伝導が発見され,詳細な研究のために純良単結晶の育成技術が急速に進歩した.そこで蓄積された知識や技術をEu化合物の試料育成に適用し,フラックス法やブリッジマン法によって,純良単結晶試料が最近育成されるようになってきた.それとともに高圧力発生技術や測定技術の進歩も相まって,Eu化合物における研究は急速な展開を見せている.例えば,空間反転対称性が破れた立方晶キラル構造を持つEuPtSiでのスカーミオン格子の発見や,EuTGe3,EuT2Ge2(T:遷移金属)における特異なヘリカル磁性の発見は単結晶試料での研究による進歩である.

Eu化合物における価数状態は伝導電子と4 f電子との混成と密接に関係しており,実験的には圧力Pや元素置換量xといったパラメータによる物性の変化を通してその様子を調べることができる.様々なEu化合物に対して行われた実験データをもとに,縦軸に温度,横軸にPxをとった相図を比較検討すると,二つの特徴的な相図に集約されることがわかってきた.

第1の相図は比較的よく目にするもので,常圧では温度TN以下で反強磁性秩序を示すが,ある臨界圧力Pcや臨界置換量xcで突然反強磁性秩序が消失するとともに一次の価数転移が出現する.この一次価数転移はさらにPxを増加すると高温へと移動し,やがて価数のクロスオーバーへと変わる.

第2の相図では,TNPxの増加とともに最大値を取った後に低温側へシフトし始め,Pcxc付近でT=0 Kに向かって消失する.この臨界点付近では強く増強された電子比熱係数γや電気抵抗のA係数が観測されるため,第2の相図はCe系(4 f 1L=3,S=1/ 2,J=5/ 2)の重い電子系化合物で見られるドニアックの相図とよく似ている.Eu化合物における価数揺動で,果たして4 f 1のCe系と同様な重い電子状態が形成されるのかという問題は異なる内部自由度を背景としているため単純ではなく,理論的な議論も引き起こしてきた.

さらに上記の第1,第2の相図に加え,圧力増加とともにTNが増大して最大値をとったと思われる磁性状態から,突然TNがゼロの非磁性状態になる第3の相図が,ごく最近EuCu2Ge2などの化合物で見いだされた.第2の相図に,急激な価数のクロスオーバーが加わった現象と思われる.f電子が1個のCe化合物と似た場合もあれば全く異なった場合もあり,複数のf電子がもたらすEu系ならではの興味ある多彩な電子状態の研究の現状を紹介したい.

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