日本物理学会誌
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最近の研究から
ダイマー反強磁性体を舞台としたトリプロンバンドのトポロジー
那波 和宏佐藤 卓田中 秀数
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2023 年 78 巻 11 号 p. 645-650

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抄録

固体の物性を分類する最も普遍的な要素が対称性である.その物性は結晶の持つ対称性の有無やその変化によって理解されてきた.結晶内の電子はその周期性のためにブロッホ波を形成する.波数kを第一ブリルアンゾーンの端から端まで変化させる状況を考える.その変化が十分ゆっくりであれば,バンドの分散に沿って固有状態もゆっくりと変化し元の状態と等価な状態に戻る.しかし,波動関数の位相因子には経路に依存した付加的な位相が加わることで完全には元に戻らない.近年,伝導特性などの電子物性がこうした波動関数の「ねじれ」によって分類できることが分かってきた.

このような付加的な位相項を発生させる波動関数のつながり方に関する性質をトポロジーと呼ぶ.トポロジーは,局所的な秩序変数がないような系についても分類を可能にする点において画期的な指標であり,現在も盛んに研究が進められている.

波動関数のトポロジーを議論できる最も簡単な電子模型としてSu–Schrieffer–Heeger(SSH)模型がよく知られている.SSH模型はポリアセチレンの電気伝導を説明するために考案された一次元電子模型であり,炭素原子間の電子遷移の確率が大小交互に交替していることが特徴である.この模型では,単位格子は2つの炭素原子を含み(副格子と呼ぶ),結合性軌道と反結合性軌道の2種類の電子軌道を生ずる.結晶全体では各々の軌道はバンドを形成し,バンド間にはエネルギーギャップが発生して,バルクとしては絶縁体となっている.単位格子内の炭素原子間の遷移確率よりも単位格子をまたぐ炭素原子間の遷移確率の方が大きい場合には結合性バンドと反結合性のバンド間の強い混成が生じ,波動関数のねじれが誘起される.2種類の炭素原子が等価に保たれている限り,このねじれは解けない,他方で,電子模型の外側ではこのようなねじれは存在しない.したがって,バルクの外側との界面である端においてこのねじれを解かなければならず,ギャップレスの端状態が発生する.

波動関数のトポロジーの議論は当初は電子を対象に進められてきたが,準粒子への拡張も進んでいる.例えば,マグノンやトリプレット状態への励起を表すトリプロンといった磁気準粒子は電子とは異なる統計性を持つが,同様にトポロジーの議論が適用できることが分かってきた.

本研究では,スピン1/ 2のスピン対(ダイマー)が構成単位となる反強磁性体Ba2CuSi2O6Cl2の中性子非弾性散乱実験を行い,トリプロンの分散関係を調べた.Ba2CuSi2O6Cl2ab面内においてダイマーが直方格子を組んでいる.このためにトリプロンはa*b*面において明瞭なバンド分散を示す.加えて直方格子がわずかに歪んでいるためにダイマー間の磁気相互作用に小さな交替が生ずる特徴がある.その結果,トリプロンの隣接するダイマーへの遷移確率にも交替が生じ,トリプロンの分散が結合性のモードと反結合性のモードに分裂して,両者の間にはエネルギーギャップが発生する.このトリプロンの分散関係に生ずるエネルギーギャップの観測から本物質においてトリプロンのSSH模型が実現していることが示された.

Ba2CuSi2O6Cl2ではSSH模型に特徴的な端状態が励起状態として存在するが,一次元鎖間の存在確率も鎖内と同程度の二次元系であるという相違点がある.それでもなお,本物質では電子のSSH模型と同様に副格子の対称性によって保護された端状態が存在することが明らかになった.

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