日本物理学会誌
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78 巻, 11 号
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巻頭言
目次
最近のトピックス
解説
  • 大栗 真宗
    原稿種別: 解説
    2023 年 78 巻 11 号 p. 630-638
    発行日: 2023/11/05
    公開日: 2023/11/06
    ジャーナル 認証あり

    膨張宇宙モデルに基づく標準宇宙論は,軽元素の存在比,宇宙背景放射の複雑な温度ゆらぎパターン,銀河の大域的な分布など,様々な観測的事実を定量的かつ統一的に説明することに成功している.しかし,観測が精密化するにつれて,標準宇宙論の綻びがいくつか見え始めている.そのような綻びの代表例が,以下で説明する「ハッブル定数問題」である.

    ハッブル定数は,宇宙のあらゆる時間スケールや距離スケールを決める最も重要な宇宙論パラメータであり,その測定は1920年代の宇宙膨張の発見以降長い歴史がある.近年のハッブル定数の測定は,近傍宇宙の銀河までの距離を様々な距離指標を組み合わせて直接測定する「距離はしご」と呼ばれる方法と,宇宙初期に宇宙が熱平衡であった時の名残りの放射,宇宙背景放射の温度ゆらぎパターンから間接的に測定する方法によって牽引されてきた.これら二通りの測定結果が有意に異なるのがハッブル定数問題である.現在では測定値の違いは5σ(σは標準偏差)を超えており単なる統計的ゆらぎでは説明が難しくなっている.

    ハッブル定数問題解決の可能性として,まずはどちらかないし両方の測定において系統誤差を過小評価している可能性が考えられる.特に距離はしごを用いたハッブル定数測定は,様々な経験則を組み合わせて測定が行われるため,系統誤差の正確な見積もりが容易ではない.もちろん,これまでの距離はしごの解析においては異なる距離指標を慎重に比較することでその妥当性が検証されており,結果は年々堅固になっているが,問題の重要性からさらに多角的な検証が望まれる.同様に宇宙背景放射を用いた測定も,異なる実験の結果の相互比較による系統誤差の評価が進められている.

    宇宙背景放射を用いた測定は,標準宇宙論を仮定して導出される間接的な測定であることから,もし両者の測定が正しい場合には標準宇宙論の修正を検討する必要がある.一例として,宇宙初期に宇宙の膨張速度を速める初期ダークエネルギーを考えることで宇宙背景放射から推定されるハッブル定数の値が下がり,距離はしごの測定結果と宇宙背景放射の測定結果をよりよく一致させるといったモデルが検討されている.このようなハッブル定数問題を解決する可能性のある理論モデルは数多く提唱されており,現在も理論面および観測面で非常に活発に研究が行われている.

    標準宇宙論の修正が本当に必要となれば宇宙論のパラダイムシフトの必要性を意味し,きわめて重大な観測結果である.一方で,系統誤差の過小評価の可能性を排除するためには,距離はしごとも宇宙背景放射とも異なる新しい手法を用いたハッブル定数測定による検証も必要だろう.

    そのような距離はしごや宇宙背景放射と独立な第三の測定法として注目されているのが,重力レンズ複数像間の時間の遅れを用いた測定,および連星合体の重力波観測を用いた測定であり,これらの観測によるハッブル定数測定の精度も向上しつつある.今後ハッブル定数問題を解決するためには,こうした独立な測定を用いた測定値の相互比較,検証がさらに重要になっていくと考えられる.

最近の研究から
  • 大津 秀暁, 下浦 享
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 11 号 p. 639-644
    発行日: 2023/11/05
    公開日: 2023/11/06
    ジャーナル 認証あり

    原子核は,自然界の物質質量の大部分を担っており,物質の多様性を決める端緒となる階層にある.構成要素は主に陽子と中性子であり,それらが核力(強い相互作用)により結合し,互いに束縛している量子多体系である.中性子だけで構成される物質は,観測による中性子星の存在は示されているものの,それ以外で「中性子だけで構成される原子核が存在するか」については,1960年代から放射化法などの手法を用いて探索の報告がなされているが,その発見には至っていない.4つの中性子もしくはそれ以上の中性子が束縛あるいは強く相関した状態を持つかどうかは,原子核物理学が解くべき課題であり,他の階層での現象についても影響を及ぼす可能性がある問題である.

    中性子過剰核をビームとして用いることにより,中性子過剰な系の実験が精力的に行われるようになり,原子核反応を通じて直接4中性子系の観測に挑戦できる状況となってきた.理化学研究所重イオン加速器施設RIBFは,8Heビームを核子あたり150–200 MeVで,大強度ビーム(毎秒105–106)として供給できる世界唯一の施設である.加えて,高分解能磁気スペクトロメータSHARAQや広帯域磁気スペクトロメータSAMURAIと特徴ある核分光装置が建設され,このエネルギー領域で支配的な直接反応過程を利用した不安定核の核分光にその本領を発揮している.これらの装置群を駆使して,4中性子状態の探索のために実施された2つの実験,SHARAQスペクトロメータによる二重荷電交換反応(8He, 8Be)を用いた実験と,SAMURAIスペクトロメータによるαノックアウト反応( p, pα)を用いた実験が実施された.

    8He, 8Be)反応は,通常の二重荷電交換反応に加えて,プローブの質量が重いものが軽くなる(束縛エネルギーの小さいものから大きなものに変化する)という「発熱型」であるという特徴がある.これは,RIビームを使う利点であり,4Heより束縛エネルギーが小さい(つまり質量のより重い)“4n”を作る際に「反跳をほぼ受けない」という運動学条件を満たすことが可能となる.一方αノックアウト反応実験では,8Heを形成するコア4He(α粒子)を最大運動量移行である180度(近くの)散乱で叩きだすことにより,余剰となっている4中性子を「ほぼ撹乱することなく」観測することが可能となる.

    発熱型二重荷電交換反応とαノックアウト反応の全く手法の異なる2実験で得られた結果は,驚くべきほど類似した4中性子系の質量スペクトルを示した.この質量スペクトルは,4中性子の質量の和であるしきい値よりほんの少しだけ高いエネルギーに,非常に幅の狭い状態および4中性子が無相関か弱い相関をもって位相空間を占める成分が60 MeVにわたる広い連続状態として観測された.しきい値近傍の状態は,αノックアウト反応による高統計の結果から,強い相互作用に対しては束縛しない,“非束縛状態”であることが確定した.状態の幅は,4×10-22秒程度の寿命に対応しており,反応時間の10倍程度の間強く相関した4中性子状態が生成されていることを示している.

  • 那波 和宏, 佐藤 卓, 田中 秀数
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 11 号 p. 645-650
    発行日: 2023/11/05
    公開日: 2023/11/06
    ジャーナル 認証あり

    固体の物性を分類する最も普遍的な要素が対称性である.その物性は結晶の持つ対称性の有無やその変化によって理解されてきた.結晶内の電子はその周期性のためにブロッホ波を形成する.波数kを第一ブリルアンゾーンの端から端まで変化させる状況を考える.その変化が十分ゆっくりであれば,バンドの分散に沿って固有状態もゆっくりと変化し元の状態と等価な状態に戻る.しかし,波動関数の位相因子には経路に依存した付加的な位相が加わることで完全には元に戻らない.近年,伝導特性などの電子物性がこうした波動関数の「ねじれ」によって分類できることが分かってきた.

    このような付加的な位相項を発生させる波動関数のつながり方に関する性質をトポロジーと呼ぶ.トポロジーは,局所的な秩序変数がないような系についても分類を可能にする点において画期的な指標であり,現在も盛んに研究が進められている.

    波動関数のトポロジーを議論できる最も簡単な電子模型としてSu–Schrieffer–Heeger(SSH)模型がよく知られている.SSH模型はポリアセチレンの電気伝導を説明するために考案された一次元電子模型であり,炭素原子間の電子遷移の確率が大小交互に交替していることが特徴である.この模型では,単位格子は2つの炭素原子を含み(副格子と呼ぶ),結合性軌道と反結合性軌道の2種類の電子軌道を生ずる.結晶全体では各々の軌道はバンドを形成し,バンド間にはエネルギーギャップが発生して,バルクとしては絶縁体となっている.単位格子内の炭素原子間の遷移確率よりも単位格子をまたぐ炭素原子間の遷移確率の方が大きい場合には結合性バンドと反結合性のバンド間の強い混成が生じ,波動関数のねじれが誘起される.2種類の炭素原子が等価に保たれている限り,このねじれは解けない,他方で,電子模型の外側ではこのようなねじれは存在しない.したがって,バルクの外側との界面である端においてこのねじれを解かなければならず,ギャップレスの端状態が発生する.

    波動関数のトポロジーの議論は当初は電子を対象に進められてきたが,準粒子への拡張も進んでいる.例えば,マグノンやトリプレット状態への励起を表すトリプロンといった磁気準粒子は電子とは異なる統計性を持つが,同様にトポロジーの議論が適用できることが分かってきた.

    本研究では,スピン1/ 2のスピン対(ダイマー)が構成単位となる反強磁性体Ba2CuSi2O6Cl2の中性子非弾性散乱実験を行い,トリプロンの分散関係を調べた.Ba2CuSi2O6Cl2ab面内においてダイマーが直方格子を組んでいる.このためにトリプロンはa*b*面において明瞭なバンド分散を示す.加えて直方格子がわずかに歪んでいるためにダイマー間の磁気相互作用に小さな交替が生ずる特徴がある.その結果,トリプロンの隣接するダイマーへの遷移確率にも交替が生じ,トリプロンの分散が結合性のモードと反結合性のモードに分裂して,両者の間にはエネルギーギャップが発生する.このトリプロンの分散関係に生ずるエネルギーギャップの観測から本物質においてトリプロンのSSH模型が実現していることが示された.

    Ba2CuSi2O6Cl2ではSSH模型に特徴的な端状態が励起状態として存在するが,一次元鎖間の存在確率も鎖内と同程度の二次元系であるという相違点がある.それでもなお,本物質では電子のSSH模型と同様に副格子の対称性によって保護された端状態が存在することが明らかになった.

  • 篠原 佑也, 岩下 拓哉, 江上 毅
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 11 号 p. 651-656
    発行日: 2023/11/05
    公開日: 2023/11/06
    ジャーナル 認証あり

    物質の性質を議論する上で,その構造を理解することは基本となる.結晶性を有する固体試料の場合には,電気・熱伝導性や磁性といった性質と物質の構造との関係を理解することを通じて,より高度な機能を有する物質を設計したり,新たな物理を見出すことができる.

    これと同じ議論を固体と同じく凝縮体である液体に適用しようとすると,最初の問題設定から難題に直面する.そもそも液体の構造をどう定義すればよいのかが明らかではない.流体力学による記述が成り立つような空間スケールでは,液体の性質を流体力学を用いて記述することはできる.しかし,原子・分子の空間スケールでの個々の液体分子の振る舞いや,分子間ダイナミクスにおける相関の有無などは自明ではない.

    分子動力学シミュレーションを用いると,各分子が動く様子を可視化できる.このようなシミュレーションを実施するには,分子間に働く力など,適切なパラメーターを設定する必要がある.具体的には密度や比熱などの熱力学的量や,X線や中性子の全散乱実験から得られる二体分布関数を再現できるようにポテンシャルが設定される.特に二体分布関数は個々の分子が微視的にどのように配列しているかの情報を与えるため,二体分布関数を再現できるポテンシャルは,原子分子スケールでの液体の物理を記述する上で有効であると考えられている.

    しかし二体分布関数はある瞬間の構造を切り取ったものであり,時間に関する情報を含んでいない.すなわち液体中で分子がどのように動き回っているかという情報を与えているわけではない.赤外分光やラマン分光のような測定からは,分子内や分子間の振動モードなどのダイナミクスに関する情報が得られるが,空間情報は得られない.

    液体の動的構造を記述するために,二体分布関数のような同時刻における空間相関ではなく,時空間の相関関数であるVan Hove相関関数を用いることが考えられる.実空間・時間で定義されるこの時空間相関関数を実験から求めるには,逆空間(波数空間)・周波数空間で求められるX線や中性子の非弾性散乱スペクトルを逆フーリエ変換すればよい.しかしそのためには広い周波数域と散乱角にわたって高精度に散乱を測定する必要があり,膨大な測定時間を要するため現実的ではなかった.

    近年の高エネルギー分解能非弾性X線散乱法や,飛行時間法を用いた中性子準弾性散乱法の発展に伴い,高い分解能を維持しながら,短時間で広い周波数域と散乱角での非弾性散乱測定が可能になった.ここで鍵になるのは,従来は信号が微弱な上に明確な特徴もないため無視されてきた散乱角や周波数域の散乱も含めて,逆空間・周波数空間の広い領域での信号を測定することである.

    我々はこれを水や溶融塩に応用し,実験的にVan Hove相関関数を求めることに成功した.Van Hove相関関数に変換することで,1ピコ秒程度の時間スケールでの液体中のダイナミクスを可視化でき,分子の自己運動と,分子間の相関運動とが区別できることを示した.本手法は今後,様々な系,特に長距離秩序がなく逆空間よりも実空間での記述が適した系において,有効になると期待される.

  • 新家 寛正
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 11 号 p. 657-661
    発行日: 2023/11/05
    公開日: 2023/11/06
    ジャーナル 認証あり

    氷点下で川や池の水に氷が張る光景は,冬の訪れを感じさせ,季節に彩りを与えてくれる.冬の代名詞となる程に身近な氷の形成の背景には,結晶化という相転移現象がある.その過程には必ず母相と結晶の界面が介在しており,その界面こそが相転移が進行する現場である.そのため,氷の界面現象の解明は極めて重要である.

    これまでの研究で,水蒸気(気体)と氷の界面に関しては,宇宙・地球環境科学で重要となる氷表面での化学反応や表面融解による疑似液体層の生成機構の観点から精力的な研究が成されており,分子レベルの詳細が実験的にも明らかとなりつつある.このような現状は,界面敏感な非線形分光技術や高さ方向に対し分子レベルの分解能を誇る先進的な光学顕微鏡観察技術など,高度で豊富な実験手法に裏打ちされたものである.しかしながら,こと水と氷の界面に至っては,融液と結晶の界面を直接研究する手法が乏しいため,その身近さとは裏腹に界面現象の詳細は未だに不明な点が多い.そのため,分子動力学計算に基づいた理論的な解析が先行しており,分子レベルの微視的な界面構造に強く焦点が当てられている.

    このような現状の中,著者らは,アンビル型高圧発生装置により水を減圧(加圧)することで融解(成長)する氷や高圧氷と水の界面において,母相の水とは分離した未知の液体が巨視的とも言えるスケールで生成することを古典的な光学顕微鏡その場観察により発見した.すると微視的な視野では想定されてこなかった,未知の水が介在する新しい水/氷界面現象が見えてきた.単成分系液体にもかかわらず水とは分離した別の水が生成する現象自体が奇妙であるが,それだけでなく,未知の水は密度において多様性を持ち,様々な形態とダイナミクスを示しながら氷と水の界面で人知れずうごめいていたのである.

    未知の水は,私たちに馴染みのある氷である氷Ihと高圧氷III,VIの界面において,液滴状や液膜状などの様々な形態で現れることが明らかとなった.特に,氷IIIの界面では,二種のネットワーク状ドメインが入れ子となった形態である両連続的な形態を示した.このような形態は,互いに混ざり合わない二つの液体の混合物がスピノーダル型液–液相分離によって分離する過程において普遍的に見られる形態であり,母相の水と未知の水の不混和性を示唆している.また,液滴の濡れ角はどの氷多形上でも鋭角であり,界面張力の釣り合いを示すYoungの式から,氷と未知の水の界面自由エネルギーは,氷と水のものよりも小さいことが示された.これは,未知の水の構造が水よりも氷に近いことを示唆する観察結果である.氷Ihと高圧氷は,それぞれ,水よりも低密度,高密度であることを考慮すると,水よりも低密度,高密度な少なくとも二種類の未知の水の存在が示唆され,未知の水の局所構造にも多様性があることが明らかとなった.

    これらの観察結果は,これまで進展の遅れてきた水からの氷の結晶化における界面現象の実験研究に対する新たな視座を示し,また,水が氷へと結晶化する際に水と氷の中間のような状態を経由するという過程の存在を実験的に示唆している.本研究により,相転移過程だけでなく,一般的な水とは構造の異なる水の存在が鍵を握るとされる水の特異物性における長年の謎や,液体の本質的理解へと繋がる単成分系における液体多形現象に対しても理解が深まることが期待される.

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