日本物理学会誌
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気候変動とブロッキング現象
中村 昇
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2023 年 78 巻 9 号 p. 516-524

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抄録

地球温暖化に伴う気候変動や,異常気象に関する報道が増えている.温暖化により異常気象が軒並み激甚化・頻発化するような論調が一部で見受けられるが,両者の関係は実はそれほど単純ではない.

たとえば,海水面温度が上昇した場合,水蒸気の潜熱をエネルギー源とする台風が強大化することはおおむね予想される.しかし,台風の発生“頻度”は必ずしも上昇するとは限らない.温暖化による風の場の変化が,台風の発生に不利に働くことがあるからである.つまり,台風の発生要因は水蒸気量だけではなく,水蒸気量のみに基づいた頻度予想では不正確なのである.

大気のカオス的性質により,決定論的な天気予報には限界があるので,気候の長期変動(平均値のゆるやかな変化)と異常気象の関係は,統計・確率的な相関から語られることが多く,内部力学(メカニズム)は自由度の高さゆえに看過されがちである.

しかし,気象の動向まで含めた気候変動を見積もるには,平均値だけではなく,確率分布全体の変化を考える必要があろう.分布の裾野にあたる異常気象も含め,確率分布は日々の気象現象によるゆらぎの積み重ねなので,気候変動に伴う確率分布の変化を予測するには,内部力学の理解は避けて通れない.

筆者の研究室では,中緯度の天気変化を特徴づける変数として,偏西風(ジェット気流)の蛇行に着目している.偏西風の蛇行と地上の高低気圧のあいだには密接な関係があり,通常,中緯度の天気は偏西風に乗って西から東へと移動していく.

けれども,時おり,蛇行の振幅が局所的に増大して通常の天気伝搬が滞ってしまうことがある.この状態をブロッキング現象と呼ぶ.ブロッキング現象は,中緯度における異常気象(熱波,豪雨,旱ばつなど)の主因なのであるが,予報が難しいという問題がある.偏西風の蛇行自体は安定性理論に基づく理解が進んでいるが,なぜブロッキング現象が起こるのかは70年以上よくわかっておらず,温暖化との関連も未解明である.

そこで流体力学の法則(渦位保存則)に基づいた偏西風蛇行の診断方法を開発してデータを解析したところ,蛇行の振幅と西風の風速のあいだには,強い負の相関があることがわかった.その結果,ブロッキングの発生には(1)偏西風の蛇行が局所的に増幅,(2)西風が減速,(3)蛇行の移動速度が落ち,上流の蛇行が追いついて振幅が蓄積し,さらなる増幅を生む,という正のフィードバックが重要なことが確認された.

実は,これは高速道路で渋滞が発生するメカニズムと数学的に同等である.道路が混雑すると,運転者がブレーキを踏む頻度が増え,交通速度が落ちる.一定の交通量に達すると,一気に交通密度が増え,渋滞が起こる.偏西風をハイウェイになぞらえるならば,ブロッキング現象は天気の「交通渋滞」と考えることができる.制限速度や車線数が低い場所で交通渋滞が起きやすいように,山岳などの影響で偏西風が上流より弱くなっているところではブロッキングが起きやすい.

これらの新しい知見に基づき,地球温暖化がブロッキング発生の条件および発生頻度にどのような影響を与えるか,目下鋭意研究中である.

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