2025 年 80 巻 2 号 p. 62-66
糸やケーブル,ガーデニング用のホース,スパゲッティなど,我々の身の回りには,細長く,しなやかに大きく変形する「ひも」状の物体が数多くある.このようなひもは,DNAやアクチン,微小管のような生体フィラメントから,巨大吊り橋を支えるワイヤロープまで,幅広い長さスケールにわたってみられる.また,これらのひもは多岐にわたる材質からなり,多様な用途あるいは機能を果たしている.
さて,これらの「ひも」に唯一共通するのは,その長さが断面の広がりに対して十分大きいという性質だけである.ところが,これがひもの力学的性質をほぼ決定してしまうという点で,ひものメカニクスは普遍的である.
ひも状の構造は,板やシート,フィルム,シェル(殻)などと合わせて,薄い構造と呼ばれることもある.薄い構造の力学は材料力学や構造力学の古典的テーマであるが,近年,物理でも盛んに研究が行われ,基礎的な理解が深まった.では,しなやかに大きく変形できる薄い構造は,他の物体(あるいは自分自身)とはどのように相互作用するだろうか.
そのような現象には接触や摩擦という難しい課題が関係するため,観察される現象は複雑で多岐にわたる.そのため,接触を含む広範な問題の核心は,未だに解明には至っていない.その一方で,薄い構造によるしなやかな大変形は物を「ソフトに掴む」などの機能を生み出し,より適応的で柔軟なロボットアームの実現につながる.そのため,接触や摩擦をともなう薄い構造のメカニクスは,基礎科学のみならずソフトロボティクスなどの応用的な観点からも注目を集めている.
我々の身の回りに目を戻すと,ひもは他の物体に巻き付いて存在していることが多い.例えば,朝顔のつるは他の木枝や支柱に巻き付いているし,我々は糸やケーブル,ロープを他の物体に巻き付けることで欠陥なくコンパクトに収納したり輸送したりしている.スパゲッティはフォークに巻き付けて食べるのがマナーである.大抵の場合,我々は経験的に上手にひもを巻き付けることができるが,時には,巻き付けられずにほどける場合や,途中に隙間ができて綺麗な巻き付けが難しい場合もある.
そもそも,ひもはいつ,どのようにして他の物体に巻き付くのだろうか? これは素朴で簡単な問題に聞こえるが,実際には,弾性,大変形にともなう幾何学的な効果,接触と摩擦,重力などが密接に関係した非常に複雑な問題である.
我々は,自重によって鉛直にぶら下がった弾性体のひもを水平に固定された硬い円筒に巻き取る,という現象を詳しく調べた.その結果,ひもの硬さや太さ,長さ,巻き付かれる円筒の太さに応じて,「密な巻き付き」「らせん状の巻き付き」「巻き付きなし」という3種類の巻き付き形状とそれらの共存状態があることがわかった.さらに実験結果をもとに巻き付きパターンの状態図を作成し,相境界を数値シミュレーションと弾性理論にもとづいて説明することに成功した.
本研究で得られた知見は,ソフトロボティクスや生体工学など,応用的な色彩の強い周辺分野にも役立つことが期待される.しかし,それは本研究のもっとも重要な点ではない.柔らかいひもが巻き付いたときの形は単純に見ていて美しいし,よく観察すると実はたいへん複雑で面白く,また不思議である.私たちは,このような現象に光を当て,自然科学の問題として深く理解することを目指している.そして,接触や摩擦という物理的な要素が加わることで「薄い構造」の力学研究に新しい景色が広がることを期待している.