Print ISSN : 0016-450X
吉田肉腫
吉田 富三
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1949 年 40 巻 1 号 p. 1-21

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抄録

まず「液態腫瘍」に關する著者の見解を述べた。それによると通常の動物の移植性の癌腫或いは肉腫も,例えば,それをエムルジオンの状態にして腹膜腔内移植を反復することによって,液態腫瘍に變化せしめ得るだろうと豫想される。これに關する著者等の實驗は未だ成功していないが,累代移植性の液態腫瘍が得られれば,その形態學的研究はすべて塗抹標本で行うことが出來るから,形態學的研究に新生面を開くであろうし,腫瘍の生化學的方面の研究または化學療法の研究等にも多大の利便を與えるであろう。
吉田肉腫はこの意味の液態腫瘍の性質を完全に備えている。これはある發癌實驗を行っていた一群のシロネズミ中の一頭に發生したものである。その實驗で我々はこの種の腫瘍の發生を豫想していたのではなかったのであるが,上述の液態腫瘍の立場からこの特有な腫瘍に注目してこれを捉え,1943年以來今日まで移植を續けている。移植は腫瘍腹水の一滴を他の動物の腹膜腔内に入れればよいので,甚だ簡單である。移植率は非常に高く98%である。動物は約12日の平均壽命で必ず死ぬ。その時は多量の腹水を生ずる許りでなく,組織内に廣く浸潤を生じ,その状態は一般の惡性腫瘍と少しも變らない。腹水は1cmm中に約100萬の腫瘍細胞を含んでいるから,細胞の檢査には遠心等の必要は全くない。即ち血液檢査と全く同じ方式で腫瘍の檢査が出來る。
細胞は非常に大きく,正常の如何なる細胞よりも大きい。原形質内に多量のアズール顆粒を生ずることが一つの特徴である。細胞の性質は全體として單球に近い。
顯微鏡下で細胞の數をかぞえながら行った移植試驗で,唯1箇の細胞による實驗が成功した。30箇以上の細胞があれば移植は常に確實である。すなわち,細胞があれば1箇でも移植し得るが,全く無細胞では植わらない。我々の今日までの研究の結果では,この腫瘍はウィールスによるものではない。少くとも,Rousの腫瘍またはShopeの腫瘍等に知られているような意味のウィールスは證明出來ない。
今日までに我々は45種以上の化學物質をもって,この腫瘍で化學療法の基礎試驗を行ってみた。未だ完全に有效な物質には遭遇しないが,物質投與後の腫瘍の状態を,逐時的に且つ細胞個別的に點檢することも出來るので,この腫瘍が,化學療法の研究に有效な試驗臺であることは示された。化學療法の研究はこれによって充分に組織立ったものになり得るだろうと期待する。今日までに最も效力の著しかったのは,チフス菌及び赤痢菌の培養濾液で,この濾液を腫瘍腹腔内に直接に與えると,約10日間の處置で,半數以上の動物が完全に治癒した。

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