筆者らは日本の暖温帯に生育する照葉樹林の遺伝的多様性とその歴史的成立過程の解明をめざして研究を行ってきた。照葉樹林を構成する植物種の多くは、種内の葉緑体DNAの多型が非常に少ないため、その遺伝的分化の地理的パターンや遺伝的多様性の地理的変異から、気候変動が激しかった数万から数百万年間の分布変遷を論じるのは困難であった。そこで、分子進化速度が非常に速い動物のミトコンドリアDNAの多型情報を利用することを着想した。特定の植物種を利用する植食性昆虫の種内の遺伝的多様性情報を用いることにより、森林の分布変遷を詳細に追跡することができるのではないかと考えたのである。照葉樹林に優占するシイ(ブナ科)の堅果に産卵・種子食するシイシギゾウムシのミトコンドリアDNA多型を調べ、集団サイズの歴史的変遷を解析した結果、新たなレフュジア地域の存在が示唆され、また分布拡大ルートも推定できた。