抄録
【目的】呼吸理学療法の中で胸郭モビライゼーション(Chest Mobilization: CM)は,胸郭の可動性,呼吸効率や肺活量の改善を目的に実施されている.その効果について,呼吸理学療法全体としての報告はいくつかみられるものの,CM単独の報告はほとんどみられない.そこで,今回はCMとしてよく実施される徒手胸郭伸張法の実施前後で肺機能検査を実施しその即時効果について検討した.【対象】当院通院または入院中の慢性呼吸不全患者9名(男性7名,女性2名:平均年齢72.9:±3.6歳)を対象とした.基礎疾患は,COPD5名,肺結核後遺症4名であった.【方法】CMの実施前後に肺機能検査と胸郭拡張差を測定した.肺機能検査は,患者に5分以上の安静を取らせた後,ミナト医科学社製オートスパイロAS-300を用いて,肺活量(VC),比肺活量(%VC),1秒量(FEV1.0),1秒率(FEV1.0%)を測定した.また,胸郭拡張差はテープメジャーを用いて,腋窩部,剣状突起部,第10肋骨部の3ヶ所で測定した.測定は3回行い最大値を測定値とした.CMは,同一の理学療法士によって芳賀による徒手胸郭伸張法を一部変更して実施した.内容は背臥位にて肋骨の捻転,胸郭の捻転,端座位にて胸郭の側屈,胸郭の伸展,大胸筋のストレッチとし,治療時間は,臨床上実施可能な5から10分程度とした.分析は,各測定項目について対応のあるt検定を行い,危険率5%未満を有意とした.【結果】胸郭拡張差は訓練後,腋窩部で0.30±0.23cm(p<0.01),剣状突起部で0.77±0.59cm(p<0.01),第10肋骨部で0.61±0.62cm(p<0.05)とそれぞれ有意に増加した.肺機能検査では,VCが139±172ml,%VCが4.6±5.2%と有意な改善(p<0.05)がみられたが,FEV1.0,FEV1.0%には変化がみられなかった.また最大吸気量(IC)は症例数が少ないために統計学的には有意に至らなかったものの増加傾向がみられた(p=0.061).【考察】CMによって,胸郭拡張差は全ての部位で改善した.治療によって肋間筋をはじめとする呼吸筋の柔軟性の向上,肋椎関節や椎間関節,胸肋関節の可動性改善などにより胸郭のコンプライアンスが向上し,胸郭可動性が改善したものと考えられた.改善率は剣状突起部,第10肋骨部で大きく腋窩部で小さかった.これは,治療自体がやや下部胸郭に中心が置かれていると思われる点や,3人は胸郭形成術を施行しており上位肋骨数本切除していたことなどが考えられた.また,ICは増加傾向がみられるため,機能的残気量の減少が示唆され,これも横隔膜運動と関連する下部胸郭の可動性改善に影響しているものと推測された.しかし,肺機能検査上はVCは改善したがFEV1.0%は変化なく,気道の閉塞には影響を与えなかったものと考えられた.