抄録
【はじめに】 投球動作は下肢・体幹・上肢の連動により遂行される。そのため、下肢関節の機能低下により投球動作の変化もみられ、投球障害の発生につながることも多い。我々は過去の本学会等で、投球動作におけるステップ脚の股関節運動について、一投球動作や試合中の代表例の変化に関する分析を試み、報告を重ねてきた。 今回は、同一条件下で反復した投球動作における股関節運動の変化に関して定量的および定性的に分析、検討した。【対象と方法】 対象は社会人硬式野球部の右上手投げ投手5名(対象A、B、C、D、E)とした。 各対象に50球の全力投球を課した。投球は一定の標的に対し直球を20秒間隔で繰り返した。その投球動作をマウンドの後方と右側方から同時にビデオ撮影した。得られたビデオ画像に対してDKH社製3次元ビデオ動作解析システムFrame-DIASを使用し、1/200秒毎に右股関節、左股関節、左膝関節をプロットし、DLT法により3点の三次元座標値を得た。両股関節の結線と左股関節と左膝関節の結線の内積から左股関節の内転角度(股内転角)を算出した。左足部接地時(FC)から0.2秒間分析した。 股関節運動の経時的変化を比較するために、1から10球目の10球(初期)と41から50球目の10球(終期)について次の3項目の平均を比較した。(1)FCの股内転角(度)、(2)股内転角最大値(度)、3)股内転角の最大角速度(度/s)。 また初期と終期の各10球において、同じ位相で呈する股内転角の角度変化の再現性を定性的に比較し、次の3パターンに分類した。(a)初期に比べ終期で軌跡が分散、(b)初期に比べ終期で軌跡が収束、(c)初期と終期でほぼ類似。【結果】 AからEは対象。表記は「初期→終期」を示す。 (1)A -29.6°→-27.5°、B -36.0°→-25.3°、C -23.7°→-25.0°、D -28.7°→-30.6°、E -18.2°→-19.2°(2)A 17.2°→19.8°、B 9.3°→13.2°、C 20.4°→17.9°、D 9.4°→7.8°、E 11.2°→10.8°(3)A 1096°/s→1205°/s、B 1043°/s →939°/s、C 903°/s →885°/s、D 976°/s →897°/s、E 1070°/s→1037°/s。各項目、各対象とも初期と終期の間には有意差はなかった。 また、股内転角の角度変化の再現性は、Aが(a)、BとCが(b)、DとEが(c)であった。【考察】 投球動作の反復による股関節運動の明らかな変化は確認できなかったが、疲労の影響と考えられる角度および角速度の減少傾向がみられた。 10球の股内転角の軌跡は、初期より終期で再現性が低下した投手については疲労の影響とも考えられる。一方、初期より終期で軌跡が収束する投手もみられ、投球動作の再現性の低さが示唆された。