抄録
【はじめに】脳卒中片麻痺患者の目標のひとつとして歩行獲得があり、その手段として杖の使用頻度は高い.杖の使用目的は、歩行時の安定性の拡大、歩行時の駆動・制動、麻痺側支持期の代償とされる.しかし、杖を選択するにあたっての客観的な根拠は少なく、患者の反応に頼るところがある.実際、臨床場面において四脚杖使用患者が、T字杖歩行が可能であった経験をすることがある.そこで、今回の研究目的は、脳卒中片麻痺患者において、常時T字杖使用患者(以下T字杖群)と常時四脚杖使用患者(以下四脚杖群)の間に杖歩行能力に影響する因子に、違いがあるかを検討することである.
【対象】対象は、当院に外来通院中の脳卒中片麻痺患者28名(常時T字杖歩行患者18名、常時四脚杖歩行患者10名、平均年齢68.5歳)であった.歩行能力は、監視レベル以上(FIM5点以上)を対象とした.高次脳機能障害や痴呆を有す者は除外した.
【方法】対象者に (1)静止立位時の麻痺側下肢荷重率、(2)片脚立位時の麻痺側下肢荷重率、(3)非麻痺側上肢荷重率、(4)開眼および(5)閉眼時の立位総軌跡長、(6)10m歩行スピード、(7)下肢Brunnstrome-stageを測定し、各々をT字杖群と四脚杖群間でt検定(P<0.05)を用いて比較、検討した.(1)から(5)の測定は、日立機電工業製の重心動揺検査機能付き立位練習器Etudebowを用いた.荷重率は、計測中の最大荷重量を体重に対する割合(%)で示した.
【結果】(1)静止立時の麻痺側平均荷重率は、T字杖群42.45±9.97%、四脚杖群44.80±18.1%.(2)片脚立位時の麻痺側平均荷重率はT字杖群78.16±12.01%、四脚杖群77.57±12.01%.(3)片脚立位時の非麻痺側上肢の平均荷重率はT字杖群20.82±2.97%、四脚杖群23.75±4.98%. (4)開眼立位時の平均総軌跡長はT字杖群39.26±30.35cm、四脚杖群54.25±33.96cm、(5) 閉眼立位時の平均総軌跡長はT字杖群57.21±39.24cm、四脚杖群70.05±39.56cm.(6)10m歩行スピードの平均は、T字杖群43.0±11.15秒、四脚杖群88.91±2.17秒であった.
全ての項目において、T字杖群と四脚杖群の間に有意差は認めなかった.
【考察】今回の調査では、T字杖群と四脚杖群の間に有意な差を認めるものはなかった.T字杖と四脚杖の違いは、基底面の差による安定性、安心感である.基底面の差により、筋緊張の変化などの他の因子が影響したことが考えられる.しかし、今回の調査で四脚杖群の全員が、発症後一年以上を経過しており、T字杖使用可能な能力を持ち得ながらも、その変換時期を逃してしまったのではと考える.そのため長期における、常時四脚杖使用患者の杖選択を再考する必要があると考える.