抄録
【目的】人工股関節置換術(以下,THAと略)後患者の独歩(杖などの歩行補助具を使用しない場合)開始時においては,残存する股関節伸展制限が歩容上の問題点としてしばしば観察される.股関節伸展制限は歩行の速度因子の低下につながると指摘されているが,運動力学的な観点から分析した報告は少ない.今回,床反力計を用いて, THA術後患者の股関節伸展制限が歩行中の重心移動に与える影響についての検討を行った.
【対象と方法】対象は片側セメントレスTHA術後4週を経過した10名(男性1名,女性9名),年齢は42.4±9.9歳,身長は155.4±4.8cm,体重は50.0±11.4kgである.床反力計(Bertec社製)と3次元動作解析装置(住友金属社製)を用いて,脚長差は1cm以内とし,対象者に独歩を行わせた.測定項目は術側と非術側の股関節最大伸展角度ならびに立脚中期の重心の高さ(重心の最低位に対する高さ),術側heel contact(以下,HCと略)後の両脚支持期と非術側HC後の両脚支持期における仕事量である.さらに1歩行周期における術側HC~非術側toe off(以下,TOと略),術側の片脚支持期,非術側HC~術側TO,非術側の片側支持期の時間的比率を求めた.重心移動幅は床反力計から得られたデータを2回積分して求め,仕事量は総エネルギーを微分して得られるpower曲線から算出した.測定は自由歩行で5回行い,床反力計とマーカー追跡が良好であった3データを分析対象とした.統計処理にはt検定を用い,統計学的有意水準を5%とした.
【結果】股関節の最大伸展角度は術側10.5±3.3°,非術側4.2±3.7°で有意差を認めた(P<0.001).立脚中期の重心の高さは非術側3.51±0.60cm,術側2.23±0.98cmで有意差を認めた(P<0.01).非術側HC後の両脚支持期における仕事量は術側HC後の同時期の35.3±18.8%であった.1歩行周期における術側HC~非術側TOの時間的比率は15.4±2.6%,非術側HC~術側TOは13.2±2.0%で有意差を認め(P<0.05),術側と非術側の片脚支持期はそれぞれ33.8±3.9%,37.6±1.9%で有意差を認めた(P<0.05).
【考察】本研究の結果から,他の報告と同様に術側の立脚後期での明らかな股関節伸展制限さらに非術側HC~術側TOの時間的比率の低下がみられた.これは術側でのpush offによる仕事量が減少する原因となり,その結果,術側での推進力が十分に得られず,非術側の立脚初期での上下の円滑な重心移動を阻害していると推測された.経過とともに制限が改善していく症例と残存する症例の両者が存在するという報告もあり,今後長期的に評価していく必要性があると思われる.