抄録
【目的】起立動作の運動学的、運動力学的研究は多く、起立に不可欠な動作は膝関節の屈曲、体幹の前傾であると報告されている。しかし、多くの研究は起立が成功した時の動作解析であり、起立できなかった時の動作と比較して、起立動作に何が必要なのかを推定した研究は少ない。また臨床において膝関節を屈曲し、体幹を前傾しても起立できない患者を時々観察する。2004年の日本理学療法学術大会でわれわれは下肢での車椅子駆動において体幹の前後運動速度が床反力の鉛直と前後成分の大きさに影響することを報告した。このことより、体幹の前後運動速度が起立動作においても大きな影響を持っていると考えられる。この研究の目的は体幹の前後運動速度が起立動作の成否に関与していることを明らかにすることである。
【方法】被験者は健常な男性7名で、平均年齢20.0±1.0歳、平均身長170.4±4.5、平均体重62.0±7.3kgであった。起立動作の計測には3次元動作解析装置と床反力計、表面電極による動作筋電図を用いた。計測した起立動作は膝関節屈曲80度、股関節屈曲90度の坐位からの起立動作とした。座面の高さは膝関節屈曲80度の時に大腿骨が床に水平になる高さとした。被験者はこの坐位から体幹運動速度を変化させて起立を試みた。体幹の運動速度は最も遅い速度から最も速い速度まで、被験者の任意に10の異なる速度が計測できる程度に変化させた。統計学的な検定は起立が成功した時(成功群)と起立できなかった時(失敗群)とで2群に分け、t検定で解析を行った。
【結果】体幹の最大前傾角度は起立成功群(63.5±11.1度)と失敗群(59.7±9.6度)で、成功群の方が前傾角度は大きかったが、有意差は認められなかった。体幹前傾の最大角速度の平均は起立成功群(150.4度/秒)と失敗群(71.2度/秒)で有意差が認められた。また、体幹前傾運動中の平均角速度の平均にも起立成功群(112.8度/秒)と失敗群(41.3度/秒)と有意差が認められた。体幹の前傾平均角速度が80度/秒以上の時は起立を失敗することはなかった。体幹前傾中の筋電図活動においては両群に大きな差を認めなかった。
【考察】今回の結果から膝関節屈曲角度が同じ時は体幹の前傾角速度が起立の成否を決定することが分かった。体幹の前傾角度は成功群と失敗群の間に有意差を認めないことから、前傾角度よりその前傾の角速度が重要であることが示唆される。この研究では膝関節を80度としたので、膝関節をさらに屈曲した坐位では起立動作が楽になるため、起立の成功に必要な前傾角速度が変化すると考えられる。
【まとめ】起立動作に体幹の運動速度が与える効果について、3次元動作解析と表面筋電図を用いて解析した。膝関節80度の屈曲位の坐位からの起立では体幹の前傾角度は起立の成否に影響を与えないが、体幹前傾角速度は起立の成否に影響を与えた。80度/秒以上の前傾角速度では起立は失敗しなかった。