抄録
【目的】運動制御は環境や運動課題によって制約される。日常の立ち上がり動作は,物を持ちながら立ち上がるなどの運動課題を伴うこと(dual-task)が一般的である。本研究の目的は,片手あるいは両手で物を持つ運動課題が立ち上がり動作の身体重心運動量の制御に及ぼす影響を検討することである。
【方法】対象は健常成人25名(平均年齢21.2±2.5歳)であった。立ち上がり動作の開始姿勢は,下腿を床面に対して垂直とし,殿部の深さを統一して,対象の快適な速さで実施した。座面の高さは40cmとした。測定課題は,手に物をもたないcontrol課題,片手課題(A:利き手に空のコップ,B:50%の量の水の入ったコップ,C:90%の量の水の入ったコップ),両手課題(A:トレイのみ,B:50%の量の水の入ったコップをトレイにのせる,C:90%の量の水の入ったコップをトレイにのせる)の計7条件とし,施行順序は無作為とした。三次元動作解析装置MA6250(アニマ社製)を使用し,4体節モデル(頭部・体幹・上肢,大腿,下腿,足部)を用いて身体重心を算出した。分析の指標は,立ち上がりに要する時間(Time),身体重心の水平方向最大運動量(M-Horiz),垂直方向最大運動量(M-Vert),それぞれのTimeで正規化した時期(%T-Horiz,%T-Vert)とした。片手課題,両手課題別に各指標の差を反復測定による一元配置分散分析と多重比較を用いて分析した。有意水準は5%未満とした。
【結果および考察】control課題のTimeは平均1.6±0.3秒で,M-Horizは37.5±6.9 kg・m/s,H-Vertは36.0±10.5 kg・m/sであり,%T-Horizは34.8±5.9%,%T-Vertは68.3±6.8%であった。片手課題A,B,CのTimeは有意に延長した(F=20.3::p<0.01)。M-Horizはそれぞれ38.4±7.5,34.8±7.1,31.2±6.8 kg・m/s,M-Vertは35.2±9.7,33.6±8.5,29.9±6.8 kg・m/sと有意に減少した(F=35.5:p<0.01,F=7.7:p<0.01)。%T-Horizと%T-Vertには有意な差を認めなかった。両手課題A,B,CのTimeは有意に延長した(F=26.2:p<0.01)。M-Horizは38.2±7.3,31.4±6.1,28.7±4.9 kg・m/s,M-Vertは37.0±12.3,29.0±7.3,26.7±7.7 kg・m/sと有意に減少した(F=34.4:p<0.01,F=24.7:p<0.01)。%T-Horizと%T-Vertには有意な差を認めなかった。これらの制約は,課題によって情報処理や,姿勢系の調整,モニタリングなどの要求度が異なるためと考えられた。