抄録
【目的】股関節疾患に対する理学療法では、筋力の回復とそれに伴う関節安定性の向上、疼痛の軽減を目的に床上での股関節外転や伸展などの運動やスクワット、歩行訓練、階段昇降運動などが行われている。しかし、その運動時の股関節に対する負荷についての検討は十分に行われていないのが現状である。そこで今回、筋骨格モデルを用いて運動中の股関節に対する負荷の大きさと方向の変化について検討したので報告する。
【対象と方法】被検者は研究に同意した健常男性7名(7肢)、平均年齢19歳(18歳から20歳)、平均身長は176.5 ± 6.6 cm、平均体重は69.6 ± 7.5 kgとした。計測した運動は、歩行、スクワット、立位である。歩行は、被験者に10mの歩行路を快適歩行速度で歩行させ、得られた結果を解析し、歩行周期で正規化を行い比較した。スクワットは、膝関節屈曲0度から70度の運動範囲で2秒に1回の速さで行わせ、数回の練習後、計測開始後2回目からの5回の運動について解析を行った。得られた結果は、各被検者ごとに1スクワット周期に正規化した後、7名の平均値を算出し比較検討を行った。立位時の計測は、安定したと思われてから1秒間行い、その平均値を求めた。運動の計測には、三次元動作解析装置(vicon250)および床反力計(キスラー社製)を用いた。スクワット運動時には、体幹を正中位に保つよう指示し、膝関節屈曲角度は電気角度計(DKH社製レンジトラッカー)を用いて被検者に対し常時フィードバックした。計測されたデータと被検者の身体特性から筋骨格モデルを作成し、運動中の各筋張力の変化を求めた。筋骨格モデルは、Brand RAのデータをもとに対象者の骨サイズへスケーリングをすることにより作成した。各筋の筋力と関節合力の算出は、Crowninshield R Dによる各筋の代謝モデルから運動中の各筋ストレスの3乗の合計を最小にする評価関数を用いた。また、股関節負荷量は体重比(BW)で比較した。
【結果】立位時の股関節合力は平均0.7±0.2BWであったのに対し、スクワット時は平均1.4±0.5BW、歩行時は平均3.6±0.9BWと3群間に有意差(p<0.01)が認められた。矢状面における合力方向は、立位時が垂直軸に対して前方へ平均8.5±3.6度であったのに対して、スクワット時には後方へ平均4.8±5.8度、歩行時には前方へ平均15.4±5.2度と3群間に有意差(p<0.01)が認められた。
【考察】今回の結果では、スクワット時の股関節負荷は立位時に比べて増加するものの、最大負荷時にはその方向が矢状面において後方へ向くことから、臼蓋形成不全のように前外方への負荷が禁忌となる症例においても股関節軽度屈曲位からスクワットを開始することで安全に行うことができると考えられた。