抄録
【目的】これまで本学会において脳血管障害(CVD)による嚥下運動障害の病態や介入効果について検証してきた。これらの研究から座位姿勢保持や頸部周囲筋の筋緊張、喉頭位置、舌骨上筋筋力などが嚥下運動に影響を与えることが示された。今回は、症例の経時的変化から、嚥下機能が向上または悪化したときの指標変化を捉えてその関連性を検証し、臨床上注目すべき指標を明らかにすることを目的とした。
【方法】M病院において2週間以上の間隔をあけて2回以上の測定を行うことができたCVDによる嚥下運動障害患者59例を対象とした。対象者は嚥下機能の変化の有無によりA群は嚥下改善群、B群は嚥下悪化群、C群は不変群の3群に分類した。測定項目は、開発した嚥下運動指標として頸部最大伸展位でのオトガイと甲状軟骨上端間距離(GT)、甲状軟骨上端と胸骨上端間距離(TS)、相対的喉頭位置(GT/(GT+TS))、舌骨上筋群筋力(GSグレード)、頸部・体幹機能として他動的頸部可動域4方向と頸・体幹・骨盤帯機能ステージ(NTPステージ)、嚥下機能評価として反復唾液嚥下テスト(RSST)、改訂版水飲みテスト(MWST)、食物テスト(FT)、才藤の嚥下障害の臨床的病態重症度(class)の計13項目であった。全対象者が理学療法と言語聴覚療法を処方され、必要に応じて嚥下障害へのアプローチが行われていた。嚥下機能の変化は、MWST、FT、classのいずれかが1ランク以上変化したものとした。C群については経過観察中に変化がなかったので、初回データと1か月後のデータを分析した。変化した前後の各指標の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を用い、危険率5%未満を有意水準とした。
【結果および考察】対象者59例の分布は、A群が30例(平均68.1歳)、B群が6例(平均78.7歳)、C群が23例(平均73.0歳)であった。各群間には疾患名や病巣部位、麻痺側などで差がみられなかったが、A群では平均年齢が低かった。指標変化については、A群では、頸部伸展と回旋可動域、GSグレード、NTPステージの4つの指標が有意に改善した。B群では喉頭位置のみ変化がみられた。C群では有意な指標変化がみられなかった。以上の結果より、改善群であるA群では、頸部伸展や回旋の可動性が喉頭運動に関与する前頸筋群の伸張性につながり、舌骨上筋の活動と体幹機能の改善が同時に生じることで嚥下運動が改善したと考えられた。悪化例は、classが平均3レベルと低く長期療養の中で徐々に不良姿勢による喉頭位置の変化が生じ、嚥下時に喉頭挙上が行いにくくなっていったと考えられた。
【まとめ】嚥下運動改善へのアプローチや嚥下機能の維持を行う際に注目すべき指標について明らかにすることができた。