抄録
【目的】
階段昇降は片脚で身体重心を上下方向に移動させる動作であり,膝関節疾患患者では困難になるケースが多くみられる.これには大腿四頭筋筋力低下が関与しているという報告が多い.
人工膝関節全置換術(TKA)術後において階段昇降動作の獲得は,大腿四頭筋の筋力強化を行っているにもかかわらず最も時間がかかり,また1足1段での昇降の獲得ができない症例も多い.本研究は,熊本らの方向制御理論に基づき,TKA術後の症例における下肢の最大出力の方向に着目し,筋活動のパターンが階段昇降動作の獲得に及ぼす影響について検討した.
【対象と方法】
対象は本実験に対して同意の得られたTKA患者11名(平均年齢72.8±4.53歳)とした.
計測は、方向制御理論に基づいて計算力学研究センターによって試作された実効筋力計測器を利用した.計測姿勢は背臥位,膝関節屈曲90度とした.被験者に足底でセンサーを最大努力で押させ,この時の出力方向を測定した.得られたデータから,足関節を原点として,股関節と系先端の足関節を結ぶ線をX軸,足関節を通りX軸に直行する線をY軸とする筋座標を作成し,出力方向を算出した.
階段昇降は,18cm段5段を自由に昇降してもらい,昇降の可否および1足1段で行えるかどうかを評価した.作成した筋座標のベクトルと階段昇降の動作レベルについて比較を行った.
【結果】
最大筋力の出力方向については,X成分は足部を前方に押し出した方向を+,逆を-,Y成分は上方向に蹴り上げた方向を+,逆を-と定義する.ベクトルが(+)の傾きを示す群(+群)が4名(平均:X成分168.81±17.13N Y成分14.69±7.95N)であった.一方,(-)の傾きを示す群(-群)が7名(平均:X成分169.89±38.74N Y成分-28.3±11.92N)であった.
階段昇降は,1足1段で可能な症例(1足1段群)が7名,2足1段で可能な症例(2足1段群)が4名であった.筋座標のベクトルと階段昇降の動作レベルについて比較を行った結果,+群の4名が2足1段群,-群の7名が1足1段群であった.
【考察】
機能別実効筋力の理論では,X成分がプラス,Y成分がプラスの値を示す場合股関節屈曲・膝関節伸展に作用する二関節筋が優位に活動し,X成分がプラス,Y成分がマイナスの値を示す場合股関節伸展に作用する単関節筋が優位に活動するとしている.今回の結果より,2足1段群では大腿直筋が優位に活動を示し,1足1段群では大殿筋が優位に活動していることが示された.
TKAを含む膝関節の疾患に対するリハビリでは,大腿四頭筋の筋力強化に固執しがちであるが,階段昇降など難易度の高い動作の獲得には,大腿四頭筋の筋力強化のみではなく,大殿筋の筋力強化の必要性が示唆された.
【参考文献】
熊本水頼他:二関節筋機能の機会モデルによる研究,日本臨床バイオメカニクス学会誌,1994.