抄録
【目的】
ヒトの生理的時系列データが,非線形波形でゆらぎを有する事から,フラクタル解析した報告が近年になり散見されるようになってきた。ゆらぎが,制御系のダイナミクスに従って現れることから,ヒトの直立姿勢のゆらぎを解析する事は姿勢制御システムの特徴を理解することにつながると思われる。本研究では,フラクタル解析の一手法である Detrended Fluctuation Analysis(以下,DFA)を用いて健常若年者の直立姿勢時の身体重心点(以下,COM),床反力作用点(以下,COP)および下肢の各関節角度の時系列データの長期相関特性を解析して姿勢制御における各関節の特徴を考察する.
【方法】
対象者は健常若年者10名である.計測動作は,両上肢を組んだ状態で直立姿勢を30秒間保持する課題とした。計測機器および計測項目は,三次元動作解析装置(VICON370,Oxford metrics社)および床反力計(Type9287A,Kistler社)を使用して,COM,COP及び下肢の3関節(股関節・膝関節・足関節)の前後方向の時系列データを求めた.データ解析には,CCI社製モノ‐マルチフラクタル解析ソフトを用いてDFAによるスケーリング指数:αを,COM・COP及び下肢各関節でそれぞれ求めた.統計解析については,各関節間のα値についてKruskal-Wallis検定をおこなった(p>0.05).
【結果】
各パラメータのα値は,[COM] 1.60±0.04,[COP] 1.30±0.04,下肢の各関節については,[股関節] 1.58±0.03,[膝関節] 1.32±0.05,[足関節] 1.23±0.09となった。各関節間のα値には有意差が見られた.
【考察】
直立姿勢中の下肢の膝関節・足関節角度変化について,α値が0.5<α<1.5の範囲にあることから,ゆっくりと波形の傾向が変化していく長距離相関がある関節運動であるといえる.足関節の時系列データを一見すると,周期性が無いランダムな波形と見てとれるが,結果からは長期にわたる相関を有している事が示された.一方,股関節に関してはα>1.5だったことから,時系列波形の中で,過去のゆらぎと現在のゆらぎに強い相関を示す短距離相関性を有する結果となった.以上から,ヒトの直立姿勢における各関節のα値が異なることが示された.基本的には,直立姿勢は倒立振子で近似できることから,身体各部位のゆらぎについては唯一床面に接している足部の機能に依るところが大きいと考えられ,姿勢制御を考察する上で足関節運動の解析は重要と推測されるが,異なるα値が得られた事から,各関節のゆらぎがどのような系で発生するかを解明する事が姿勢制御の理解に重要と考える.