抄録
【目的】慢性閉塞性肺疾患患者の歩行時において、歩行車の利用は、息切れ軽減に有効であると報告されている。そのメカニズムとして、体幹を前傾し上肢支持した歩行車姿勢により、呼吸補助筋が呼吸運動に関与しやすくなるためと考えられているが、肺気量位や呼吸運動に対して、詳細な報告はなされていない。そこで今回、健常人を対象に、歩行車姿勢が肺気量位と呼吸運動に及ぼす影響について観察したので報告する。
【方法】対象は、本研究の趣旨を説明し同意を得た健常人20名(男性10名、女性10名 平均年齢25.5±4.5歳)。安静立位、体幹前傾30°位、体幹を30°前傾させ両上肢で歩行車を支持した歩行車姿勢、の3つの姿勢での肺気量位、肺活量、胸腹部周囲径を測定した。歩行車はOPAL2000(ラックヘルスケア(株))を用いた。肺気量位、肺活量は呼気ガス分析器(ミナト医科学社製AE-300S)を用いて測定し、胸腹部呼吸運動は水銀ストレンゲージを用いて、剣状突起部(以下、胸部)、肋骨弓最下端直下(以下、腹部)の周囲径変化を測定した。得られた波形データから、肺気量位(終末吸気・呼気肺気量位、最大吸気・呼気肺気量位)、一回換気量、呼吸数、肺活量を求めた。肺気量位は、安静立位での肺活量を100%として正規化し、各肢位の変化をみた。胸腹部呼吸運動は、波形から終末吸気・呼気胸腹部周囲径を求め、その差である胸腹部周囲径変化量も求めた。
【結果】終末吸気肺気量位は、安静立位(57.0±5.6%)、体幹前傾30°位(61.5±5.0%)、歩行車姿勢(72.1±6.2%)の順で、有意(p<0.01)に増加した。終末呼気肺気量位(安静立位43.7±5.5%、体幹前傾30°位47.7±6.1%、歩行車姿勢58.3±6.5%)も同様に有意(p<0.01)に増加した。胸部周囲径の変化では、終末吸気胸部周囲径は安静立位(76.9±7.2cm)、体幹前傾30°位(77.9±7.0cm)、歩行車姿勢(78.6±6.8cm)の順で有意(p<0.01)に増加した。また、終末呼気胸部周囲径(安静立位76.1±7.2cm、体幹前傾30°位77.1±7.0cm、歩行車姿勢77.7±6.9cm)も同様に有意(p<0.01)に増加した。最大吸気位は、歩行車姿勢(105.5±4.7%)では安静立位(100%)、体幹前傾30°位(99.7±4.8%)と比べて有意(p<0.01)に増加した。一回換気量、呼吸数は、肢位の違いによる変化はなかった。
【考察】歩行車姿勢では、高肺気量位の呼吸様式となった。これは体幹前傾姿勢による重力の作用方向の変化や、上肢支持により、上肢帯の重みを胸郭が支持する割合が、少なくなるため、胸郭が拡張したためと考えられた。また歩行車姿勢では、上肢支持により、呼吸補助筋が吸気運動に関与しやすくなるため、他の姿勢と比べて最大吸気位が増加したと考えられた。