抄録
【目的】下側肺障害を呈した症例に対する呼吸理学療法の一手段として腹臥位での体位呼吸療法がある。目的は換気血流比の改善と虚脱した肺胞の再開通である。岸川らは腹臥位で呼吸理学療法を施行しても効果が得られない症例に対し、腹部を前下方から圧迫すると下背側の胸郭拡張が得られ、肺胞への換気が改善したと報告している。また、健常成人を対象とした研究においても腹部圧迫群と圧迫開放群では胸郭拡張率に有意差を認めたと述べている。今回、健常人を対象に腹臥位時の腹部圧迫が換気量にどのように影響しているかを最大吸気量に着目し検討した。
【対象】対象は健常成人15名(男性8名、女性7名)で、平均年齢25.3±6.3歳、平均BMI21.2±2.3である。条件として、腹部脂肪の圧迫の影響を避けるため、BMI25未満と設定した。全ての対象者には、研究の主旨を説明し同意を得た。
【方法】測定にはトリートメントベッドを用いた。1.基本肢位として通常の腹臥位(通常腹臥位)2.腹部をクッションで圧迫(クッション圧迫腹臥位)、3.腹部を2kgの砂のうで圧迫(砂のう圧迫腹臥位)、4.前胸部と骨盤部にクッションを当て腹部を除圧した腹臥位(除圧腹臥位)の4条件を設定した。2と3の相違点は、腹部の圧迫面積である。各条件間で十分な休憩を入れ、最大吸気量(IC)を3回ずつ測定した。測定には呼吸機能測定器、Autospiro.AS-500(ミナト社製)を使用した。各条件下での腹部圧迫面積の違いは、体圧分布測定システム、COMFORMat.Ver5.83(ニッタ社製)をベッドと腹部の間に敷き確認した。各条件の平均値を求め、1の測定値を基準とし他の3条件とを比較した。統計処理として一元配置分散分析後、多重比較を行った。危険率は5%未満とした。
【結果】1.通常腹臥位のICを100%とすると、2.クッション圧迫腹臥位は107.3±6.8%、3.重錘圧迫腹臥位は105.5±6.2%、4.除圧腹臥位は96.5±4.8%であり、1・2、1・3間、2・4、3・4間で有意差を認めた。また、1・4、2・3の間では有意差は認めなかった。
【考察及びまとめ】本研究の結果、腹部を除圧した場合、腹部臓器の固定が不十分となり背側胸郭の拡張及び換気量が減少し、逆に圧迫することで胸郭の拡張が助けられ、換気量の増大に影響したと考える。腹部圧迫が吸気時の腹部臓器の固定を代償し吸気を補助したと考える。また、腹臥位での呼吸理学療法を施行する際、腹部圧迫面積の相違よりも腹部圧迫の有無が重要と考える。岸川らも述べているように、頚髄損傷者など体幹筋麻痺がある症例に対し、腹臥位や前傾腹臥位で背側への換気を促したい場合に腹部の前下方からの圧迫が応用できると考える。しかし、臨床症例では体圧分散マットを使用していることが多く、腹部の前下方からの圧迫が体圧分散マットに減ぜられる可能性が考えられ、換気への影響も変化すると予想される。今後は、このことについても研究をすすめていきたい。