抄録
【はじめに】
近年、情報社会や生活電化により電磁界の健康に及ぼす影響が危惧されている。また、医療施設では電磁界の影響を受けやすい医療機器が存在し、これらが誤作動を起こすことが懸念されている。一方、理学療法においては、超短波や極超短波等の電磁場を発生する物理療法機器を使用するため、マイクロ波治療器等に対する電磁界の影響が喚起され、基礎研究の成果が求められる。
最近では物理刺激による細胞生物学的な研究が行われるようになり、このことから電磁場刺激が培養細胞に与える研究も散見されるようになった。我々は、いろいろな物理的刺激により神経突起が誘導される特殊な神経細胞であるPC12m3細胞を開発している。PC12m3細胞に高浸透圧ショックや温熱刺激を与えたところ、高い頻度で神経突起が形成されることを見出している。
今回、PC12m3細胞を用いることで、極超短波照射による温熱効果を除く電磁場刺激が培養細胞に与える影響を調べる実験装置を開発し、あわせて電磁場刺激が培養細胞に及ぼす影響を調べたので報告する。
【対象と方法】
PC12m3細胞の培養は、炭酸ガス培養器を用い、培地交換は3日おきに行った。マイクロ波治療器は、OG技研製(microthermy ME-210)を用いた。照射距離は、クラスIB型照射導子にてフラスコ底面から垂直方向に10cmとした。極超短波照射による温熱効果を除くため、循環器で温水を環流することで常時培地内を37°Cに保てるよう独自に実験装置を考案した。極超短波の強度は25~200W、照射時間は10~60分間とした。電磁場刺激を与えた細胞は7日間培養後、神経突起の長さと細胞数を測定し神経突起形成率を算出した。また、コロニー形成法による細胞生存率の検出、および免疫ブロット法によって活性化したp38 MAPK、CREBの検出を行った。
【結果と考察】
各々の照射強度に依らず常にフラスコ内培養液温度を一定(37°C)に保つため、環流水の温度を厳密に設定した。例えば、200Wで環流水の温度は28.5°Cであった。これにより、極超短波による温熱効果を除く電磁場刺激がPC12m3細胞に及ぼす影響を神経突起の形成から調べることが可能となった。最も高い神経突起形成率が得られたのは、200Wで 30分間の電磁場刺激であった。これは非照射よりも9.8倍高い神経突起形成率であった。また、細胞生存率はこの刺激量において89.8%であった。さらに、免疫ブロット法では同様の刺激量でp38 MAPK活性化とCREBの発現がみられた。これらの結果から、電磁場刺激の強度と照射時間により僅かの細胞ダメージを与え、細胞内シグナル伝達系であるp38 MAPKを活性化し、その応答により神経突起の形成を促進し、細胞死へのダメージも保護したことが考えられた。このような実験装置を開発することにより、物理的刺激における細胞内メカニズムを分子生物学的に解明することで物理療法のエビデンスに繋がるものと推察された。