抄録
【目的】外傷性脳損傷(以下、TBI)患者には、著明な運動障害がなく、日常生活動作が可能でも、動作が不安定な印象をうける症例がみられる。
今回、著明な運動麻痺がなく、独歩、走行可能なTBI患者に対し、体平衡検査を実施し、健常者との比較により、TBI患者の姿勢制御の特徴を明らかにすることを目的とした。
【対象】TBI患者群(男性11名、女性1名、36.4±12.4歳、受傷から測定日まで平均237.1±404.8日)と健常者群(男性7名、女性9名、27.3±5.4歳)を対象とした。
TBI患者群は、TBIと診断され、著明な運動麻痺、失調、筋力低下、関節可動域の低下を有していない症例とした。
【方法】以下の項目について、TBI患者群と健常者群を比較した。
基礎データとして、10m歩行時間(通常歩行、最大速度歩行)、足底の二点識別覚を測定した。
体平衡検査として、静的体平衡検査と動的体平衡検査を行った。
静的体平衡検査は、両脚立位検査、マン検査(以下マン)、単脚立位検査(以下単脚)を各々開眼と閉眼の二条件で、姿勢維持可能時間を測定した。各検査は30秒を最大値とした。マンと単脚は左右側について各々測定した。
動的体平衡検査は、足踏み検査を行った。閉眼にて、両上肢は90度挙上位とし、足踏みを100回行わせ、回転角、移行角、移行距離を測定した。
【結果】有意差の認められた項目(TBI患者群平均,健常者群平均)を以下に示した。
右二点識別覚(2.3±1.0,1.3±0.4cm)、左二点識別覚(2.3±1.2,1.4±0.7cm)、閉眼マン右足前(16.0±12.6,29.8±0.8秒)、閉眼マン左足前(12.8±8.8,30.0±0秒)、閉眼単脚右足(8.4±8.2,29.2±2.3秒)、閉眼単脚左足(7.7±7.8,27.3±7.3秒)、回転角(142.1±133.7,57.9±43.5度)の項目で有意差が認められ、その他の項目には有意差が認められなかった。
【考察】健常者群と比較してTBI患者群で、静的体平衡機能と動的体平衡機能の低下が認められた。
TBI患者群の姿勢制御の特徴として、二点識別覚が低下していることより、足底の体性感覚が低下していると考えた。また身体機能に左右差が認められないにもかかわらず回転角が大きくなったことより、前庭感覚に左右不均衡が生じている可能性が考えられた。開眼でのマン、単脚において有意差がなく、閉眼での回転角の増大、閉眼マン、閉眼単脚の姿勢維持時間の低下が認められたことより、代償的に視覚情報を利用した姿勢制御を行っている可能性が示唆された。
TBI患者群の姿勢制御能力を高めるために、今回の研究からは、足底からの体性感覚入力を高めること、また前庭機能を高めることの必要性が考えられた。